追悼マーク・E・スミス、その軌跡をザ・フォールの10曲とともに振り返る

享年60歳で亡くなったザ・フォールのマーク・E・スミス(Photo by Lex van Rossen/MAI/Redferns)



ザ・フォールは商業的な成功を一度も収めていない(彼ら最大のヒット曲はキンクスのカバー曲「ヴィクトリア」)が、精力的にツアーを行い、スミスの死の直前までに32枚のオリジナル・アルバムをリリースした。そんな彼らにはカルトを好む献身的なフォロワーが多数いたのである。2017年にリリースされたザ・フォールの騒々しさ満載の最新アルバム『New Facts Emerge』は、イギリスのチャートで35位までのぼったが、アメリカでは全く評価されていない。

マーク・エドワード・スミスは1957年3月5日、イギリスのマンチェスターで誕生した。学校に通っていた頃、彼はミドルネームのイニシャルEを使うようになる。その理由を「俺の学年にスミス姓が10人位いたんだよ」とスミスがMojo誌に語ったことがあった。ガレージ・ロックのファンになった10代の彼は、ザ・シーズ、13th フロア・エレベーターズ、もっと実験的なバンドのカンやキャプテン・ビーフハートなどを聴くようになる。最初はヘヴィ・メタル・バンドのヴォーカルを目指していたが、AllMusicによると、地元のバンドに「お前は歌がヘタだ」と言われて挫折。バンドのオリジナル・メンバーが勢揃いするまで、スミスは事務員や港湾労働者をしながら生計を立てていた。



"Totally Wired" (1980)


"Hip Priest" (1982)


アルベール・カミュの小説『転落』からバンド名を取ったザ・フォールは、1978年、EP『Bingo-Master’s Break-Out』でデビューした。このレコードには比較的ストレートなパンク曲『Psycho Mafia』が収録されている。これは当初バンドが一時的に目指した方向性で、単調なパンク・リフと痙攣するような耳障りなリズムをブレンドしたタイトル曲の前に作られていた。後のスミスが彼が敬愛したクラウトロックのミュージシャンたちよろしく、ミニマリスティックな方向性へと舵を切ったことを踏まえると、同EP収録の『Repetition』が最もスミスのやりたかった音楽を表しているだろう(彼はカンのヴォーカリストの名前を冠した曲「I Am Damo Suzuki」を一度レコーディングしている)。

Translated by Miki Nakayama

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