エミネムがすべてをさらけ出す、新作『リバイバル』全曲解説

8.「リバイバル(インタールード)」
9.「ライク・ホーム』feat. アリシア・キーズ

アリシア・キーズのそびえるようなコーラスと、アレックス・ダ・キッドによるプロダクションが光るこの曲には、昨年発表されたシングル『キャンペーン・スピーチ』、そしてBETヒップホップ・アウォードでのフリースタイルで示した、彼のアンチ・トランプの姿勢が反映されている。“ロクに寝てもいないあの間抜け / Foxのニュースをオウムみたく繰り返すだけ / アホみたいに口を尖らせて / 性転換者を軍隊から締め出す、ツイッターを使って”(過去にLGBTQの人々を侮辱する彼のリリックを批判した人々は、トランスジェンダーの軍隊員を支持する現在の彼の姿勢に困惑しているに違いない)

またエミネムは、当時ローンチしたばかりだったデジタルラジオ局、Shade 45のプロモーション用ビデオとして制作された、政治集会を模した「シェイディ・コンベンション」にトランプが出演していたことにも言及する。“シェイディ・コンベンションを覚えてるか? / 握手の代わりに、俺はあの場でやつに唾を吐きかけるべきだった / あるいはただ金をふんだくりゃよかった / やつが俺たちの国をズタズタに引き裂くと知っていたなら”。エルトン・ジョンとのインタビューでも、彼はトランプに対する嫌悪感を露わにしている。「やつはただ自分の懐を肥やしたいだけで、アメリカ国民のことなんてこれっぽっちも考えちゃいない。でも数的には俺たちの方が圧倒的に有利なんだ。俺は今でもアメリカは世界最高の国だと思ってる。本気でね。この国が直面している問題に、俺たちは真剣に取り組まなくちゃいけないんだ」

10.「バッド・ハズバンド」feat. X・アンバサダーズ

2010年にヒットを記録した「ラヴ・ザ・ウェイ・ユー・ライ」に顕著なように、エミネムは時に不快なほど卑猥な表現をもって脆い男女関係を描く。しかしアレックス・ダ・キッドがプロデュースを手掛けた、前妻キム・スコットとの間に設けた娘のヘイリー・ジェイド・マザーズに言及する「バッド・ハズバンド」では、より生々しい痛みが綴られている。「俺たちの口論は死ぬまで世間のネタにされ続ける」そのリリックが指しているのは、90年代後半からタブロイドの標的にされ続けたエミネムとスコットの複雑な関係だろう。エミネムはヘイリーとキムに交互に語りかける形でこうラップする“俺に対する中傷を俺は曲にする/ そうやってこの悪循環は続いていく / なぜ終わりにできないんだろう / 娘よ覚えておいてくれ、お前の父親はクソ野郎”。また母親に対するの謝罪の念を綴った2013年作「ヘッドライツ」以降続く、作品を通じて家庭の問題を世間に晒してきたことを後悔する思いも語られる。(“キム、俺を許してほしい / そして知っておいてほしい/ お前の元を去ることが、体に針を通すよりもずっと激しい痛みを伴ったことを”)。『レネゲイズ』のヒットで知られ、『ウィキッド・ウェイズ』でもエミネムと共演したロックバンド、X・アンバサダーズによるコーラスとバッキングトラックは、救いを求める男の悲しみを切実に響かせる。

11.「トラジック・エンディングス」feat. スカイラー・グレイ

アリーナ級のラップバラード「トラジック・エンディングス」が描く、互いに依存する恋人たちの不毛なロマンスはエミネムの十八番だ。“完全に彼女の虜 / 彼女なしじゃ生きていけない俺は愚か者”。エミネムはそうライムしてみせる。しかしその関係がハッピーエンディングに至らないことは言うまでもない。“俺の幸せは彼女の心を打ち砕いてしまう”。そして彼はこう続ける。“でも俺の苦しみは彼女に喜びをもたらすんだ”

「トラジック・エンディングス」の切実さを滲ませるコーラスは、過去にもエミネムの作品に参加しているスカイラー・グレイによるものだ。彼女は同曲をプロデュースしたアレックス・ダ・キッドとともに、ナンバーワンヒットとなった「ラヴ・ザ・ウェイ・ユー・ライ」の共同作曲者としてクレジットされているほか、ビヨンセを迎えた『リバイバル』の冒頭曲「ウォーク・オン・ウォーター」でもその手腕を発揮している。この曲で彼女はエミネムとともに、救いのない関係に終わりをもたらそうとする。“今にも窒息しそうなのに、あなたは私の首を絞める手を緩めようとはしない”。彼女はこう続ける。“それがあなたの優しさだから”

12. 「フレイムド」

極めてシンプルで単調なビートと2つのギターフレーズ、そして過激なリリックからなる「フレイムド」は、サウンドとコンセプトの両面で「97’ボニー&クライド」に代表される初期の作風を思わせる。この曲で歌われているのは、罪に問われることなく殺人を犯す方法だ。「捕まることなく女を殺したいなら、耳をかっぽじって俺の言うことを聞け」彼はこう促す。“ムショにぶちこまれたくなきゃ、服は少なくとも3枚重ね着しろ”

「97’ボニー&クライド」では、エミネムが真夜中に運転する車のトランクには、彼の天敵であり前妻でもあるキムの死体が入っていたが、「フレイムド」でその餌食となるのは80年代に名を馳せたスーパーモデルのクリスティー・ブリンクリー、そしてアメリカ大統領の娘だ。“なんてこった、なんでイヴァンカ・トランプが俺の車のトランクに入ってんだ?”。同曲はまるで誠意が感じられない無実の主張で締めくくられる。“行方不明者を捜してる?俺はヤツとは無関係さ / 間違いない、俺はハメられたんだ”

13.「ノーホエア・ファースト」feat. ケラーニ

猛るストリングセクションと荒ぶるハイハットが鳴り響く狂想曲「ノーホエア・ファースト」で、エミネムはテロ行為を否定したかと思えば、ライバルのMCたちを攻撃する。“俺がライムを書けばやつらはあの世行き / 目を見開き俺が手にする光、お前らは愚痴ばかり”。45歳を迎えながらも、エミネムが引退を考えていないことは明らかだ。“俺に棺桶は不要だ”。彼はこう宣言してみせる。“今の俺はかつてなく脂が乗ってる”

ケラーニによるメロディックなコーラスは、『リバイバル』全編に共通するメロウなムードを生んでいる。“振り返らなければ老いることもない / 空は真っ暗でも、決して消えない内なる光”。彼女は生き急ぐことに対するセンチメンタルな思いをそう表現する。「素晴らしい曲に満ちたこの作品に参加できたことを、とても光栄に思っているわ」。『リバイバル』のトラックリスト公開に際し、彼女はインスタグラムにそう投稿している。「早くみんなに聴いてほしくて仕方ないわ」

14.「ヒート」

『リバイバル』でエミネムは執拗にトランプ大統領を攻撃しているが、「ヒート」は彼の好色なキャラクターが色濃く反映されたトラックのひとつだ。「お前の(ニャーという鳴き声の効果音)をわしづかみにしてやる、文句ないだろ?」その有名なセリフを引用した上で、彼はこうラップする。“俺が唯一共感するドナルドの言葉さ”。この曲における徹底的な卑猥さは、同トラックをプロデュースしたリック・ルービンへのシャウトアウトにさえ反映されている。“こっちへきなよリトル・ママ、あんたはリックのビートを溶かしちまうくらいホットだ”

スペーシーなプロダクションと歪んだギター、そしてレコードのスクラッチノイズが印象的な、ルービンが得意とするラップロック調のこの曲は、否が応でも『マーシャル・マザーズ2』に収録された「バザーク」を思い起こさせる。耳に残るギターリフは、映画『ブギーナイツ』でジョン・C・ライリーとマーク・ウォルバーグがプレイした「イントロ(フィール・ザ・ヒート)」のサンプリングだ。同曲を締めくくるウォルバーグが演じるキャラクターのセリフは、エミネムの“俺のでっかいムスコの登場だ、女ども用意はいいか?”というヴァースと見事にマッチしている。

15.「オフェンデッド」

「オフェンデッド」の終盤に登場する、約13秒の間に無数の言葉が詰め込まれたテクニカルな高速ライムは、ギネス記録に認定されてもおかしくない。またこの曲でエミネムは、過去に「ジャスト・ドント・ギヴ・ア・ファック」や「バッド・インフルエンス」でやってみせたように、人々の彼に対する嫌悪感を勲章、あるいは鎧へと変えてみせる。

彼の反社会的姿勢はここでも健在で、人々が眉をひそめるようなトピックが次々と登場する。強姦罪に問われたセレブレティ(ビル・コスビー、R・ケリー)や、児童殺害事件の犯人(ジャスティン・ロス・ハリス)に、彼は自身をなぞらえる。そしてBETアウォードでのフリースタイルに対して未だに反応を示していないドナルド・トランプをここでも標的にしているほか、彼はイヴァンカ・トランプ、そしてメラニア・トランプにまで中指を突き立ててみせる。“くたばりやがれ”。そう言い放った上で、エミネムはこうラップする。“おいイヴァンカ、俺に近寄るな / 俺がメラニアを犯してる間はな / お前らにはこの曲がお似合いだ”

ハードで低空飛行のラップが冴え渡る「オフェンデッド」における童謡を思わせるフックは、影のある「ザ・ナイフ・ゲーム・ソング」からの引用だ。ブラスがリードする緊張感と躍動感に満ちたトラックは、リル・パンプの「ピンキー・リング」や、フレンチ・モンタナの「ハヴ・マーシー」で知られるイル・ダ・プロデューサーが手がけている。“このドラムとハードなスネアは、俺の抱える闇を引きずり出してくれる”。エミネムはビートをそう讃えた上で続ける。“俺はナルシスト、自分の屁の臭いを嗅いじまうくらいにな / 脇の臭いも嗅いでる、ダブをやってるフリしながら”

Translated by Masaaki Yoshida

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