YOSHIKIとジーン・シモンズが語る、互いへの思いとドキュメンタリー『We Are X』

X JAPANのリーダーであるYOSHIKIと、バンドのファンであることを公言するKISSのジーン・シモンズ、唯一無二の魅力を持つ日本発のバンドの魅力について語る(Photo by Steve Appleford)


ーあなたがKISSの音楽と出会ったのはいつですか?

YOSHIKI:僕は4歳の時にクラシックピアノを習い始めた。父がいろんなアルバムを買い与えてくれたんだ、ベートーヴェンやモーツァルト等のクラシックばかりだったけどね。 父は僕が10歳の時に亡くなって、それ以来僕は自分でレコード屋に足を運ぶようになった。ある日僕がいつものようにベートーヴェンやシューベルトのレコードを探していた時に、『ラヴ・ガン』のシングルのジャケットを偶然目にしたんだ。すごく気になって、店員さんに頼んで曲をかけてもらったんだけど、過去に聴いたことのない種類の音楽で本当に衝撃的だった。迷わず買って家で曲をかけたら、母は目を丸くしてたよ。

その後買ったKISSの『アライヴ2』は、文字どおり僕の人生を変えた。それから間もなくして、新聞でKISS来日のニュースを知った僕は、どうしてもライブに行きたいと母に話したんだ。母は着物姿で、僕と当時5歳だった弟をライブに連れて行ってくれた。客席で母がお寿司を食べている一方で、ステージ上のジーンは血や火を吹いて叫んでた。人生観が変わるほどの衝撃だったよ。

シモンズ:当時日本のコンサートでは、オーディエンスは着席することが義務付けられていたんだ。警察が大きな犬を連れて場内をパトロールしていたのを覚えてるよ。オーディエンスは曲の合間にだけ拍手することが許されてた。ステージでは花火の使用はおろか、爆発音を使うことさえ許されていなかったんだ。音量も含めていろんな制限を課されていたけど、メンバー全員が日本の文化にすっかり魅了されていたよ。


「ロックが僕を救ってくれた。ドラムを破壊することも声が枯れるほど叫ぶことも、ロックが許してくれるんだ」ーYOSHIKI

ー歌舞伎を思わせるメイクから『地獄のさけび』のジャケットまで、KISSは日本の文化を様々な形で取り入れています。

シモンズ:日本のバンドだと思われてたくらいだからな。メイクのおかげで素顔も知られてなかったしね。子供の頃から『鉄腕アトム』や『モスラ』が大好きだったんだ。セカンドアルバムのアートワークは日本の文化にインスパイアされたもので、タイトルやメンバーの名前がカタカナで表記されているんだ。

ーそういった配慮は日本のファンには喜ばれていましたか?

YOSHIKI:もちろん。音楽だけじゃなくて何もかもクールだって、日本のファンはKISSの虜になってた。彼らのメイクを真似する人もたくさんいたよ。

ー日本で開催されるX JAPANのコンサートは、KISSのショーに引けをとらないほどの派手な演出で知られています。そのこだわりの理由は?

YOSHIKI:コンサートに足を運んでくれるファンには、一生ものの体験をして欲しいんだ。KISSのショーがそうであるように、コンサートはバンドのパフォーマンスだけじゃなく、総合的なエンターテイメント体験であるべきだと思う。KISSのライブに来ていたファンはメイクをしたり、日本の伝統的な衣装でドレスアップしていたり、まるでお祭りを楽しみに来ているみたいだったよ。

Translation by Masaaki Yoshida

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