80年代D.C.パンクの軌跡を描いたドキュメンタリー『サラダデイズ 』制作秘話

9:30クラブでのライブで、仲間のパンクロッカーたちに囲まれたマイナー・スレットのイアン・マッケイ(1983年)


当時を知るいちファンとしての目線にこだわったクロフォードは、D.C.シーンの主要人物たち(イアン・マッケイ、デイヴ・グロール、ヘンリー・ロリンズ)だけでなく、その熱狂を肌で感じた有名人たち(作家のジョージ・P・ペレケーノス、ソニック・ユースのサーストン・ムーア、『ポートランディア』で知られるフレッド・アーミセン等)まで、約100名にインタビューを行ったという。「みな快く取材を引き受けてくれたよ」彼はそう話す。「彼らのおかげで、膨大な量の写真やスクラップ記事、デモテープ、ライブ映像、フライヤー等を集めることができたんだ」

また本作には、フォトグラファーのジム・サーが撮影および編集に携わっている。1982年にマイナー・スレットとガバメント・イシューのライブ風景を撮影して以来、D.C.シーンの熱狂をフィルムに収め続けた彼の写真の数々は、本作の重要な要素となっている。「まさに目から鱗が落ちる思いだった」当時の写真を掘り起こしていた際の心境について、彼はそう話す。「30年前の写真を眺めていると、当時は気にもかけなかったことにハッとさせられるんだ。どうってことないオーディエンスの写真なんかが、様々なことを物語っていたりするんだよ」

当時のシーンが音楽史に及ぼした影響の大きさについては、今更語るまでもないだろう。バッド・ブレインズ、フェイスといった後世まで語り継がれるバンドを産み落とし、ガイ・ピッチオットが率いたフガジの前身バンド、ライツ・オブ・スプリングは「エモ」という言葉を浸透させた。しかし当時のシーンが残した最大の功績は、ニヒリズムではなく理想主義を唱えるパンクを確立したこと、そしてアンダーグラウンドのアーティストに求められるDIY精神を体現してみせたことだろう。自主レーベルやオリジナル雑誌、年齢制限を設けないライブイベント、バンド自身がコンサートの企画から売り上げまで管理するといったコンセプトは、現在でもブルックリンやサンフランシスコのシーンに脈々と受け継がれている。「当時のシーンはDIYというスタンスの持つ可能性を証明してみせた」クロフォードはそう話す。「なぜこの映画を作ろうと思ったのかって最近尋ねられたんだ。自分を信じ、失敗を恐れずに挑戦することの大切さを教えてくれたあのシーンが存在していなければ、僕がこの作品に取り組むこともなかったのかもしれないと、その時思ったんだよ」

Translation by Masaaki Yoshida

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