ハルク・ホーガンはいかにして究極のアメリカの悪党になったのか

それでもホーガンは、究極の善玉のキャラ、つまり友だちが2人のプロレスラーにやられていたら、控室から飛び出してきて助けてくれる、頼りになるレスラーのキャラを演じていた。彼自身は、オヤジ世代はもう無理だとしても、小学校1年生が自分のヒーローに選ぶプロレスラーのままだった。ただ一点、裁判後の彼は事実上、ファンにウソを応援し続けるよう仕向けることになっていた。ホーガンは法廷で、自身の"リアル・アメリカン"のイメージはまがい物というよりは悲しい現実なんだと認めた。つまり、ズルをする人が勝ち、良い人だと思っていた相手が実はそんなに良い人ではないという現実である。だからこそ、このヒールターン(善玉レスラーが悪役に転じること)は、プロレス史に残る、鮮やかなまでに露骨な転向劇だったのだ。このヒールターンは、伝説を抹殺したというよりは、物語を継続させた。おかげで我々はホーガンのことを人間としてではなくプロレスラーとして見ることができるようになり、結果として本当の真実から人間ホーガンを覆い隠すこととなった。

それが20年前の今月の出来事だった。当時もっとも人気のあったプロレスラーは、かつて自分が象徴していたあらゆることの正反対のプロレスラーとして、第2章に入ったのであった(現時点での人気は、プロレスラーとしての人気に加えて、WWE(ワールド・レスリング・エンタテインメント)以降のキャリアでの人気も高い、スティーヴ・オースティンとザ・ロックが上回っていると言って支障ないだろう)。ホーガンのヒールターンは数年間、人気を博し、やがて衰えていった。その後のホーガンは再び、黄色と赤で着飾った善玉に戻り、WCWは崩壊し、2002年にホーガンとマクマホンは和解をみている(ここで注意しなければならないのは、ホーガンのWWE復帰は9.11の後、6か月も経っていないタイミングだった。アメリカがヒーロー像を追い求め、そこに慰みを見いだしていた時期なのだ)。ホーガンは再度タイトルも獲得する。2003年に契約が満了すると、ホーガンは他の団体で戦い続けた。しかしその頃までには、ハルク・ホーガンとしての彼の名声と伝説は、もはや取り返しが付かないほどに損ねられてしまっていた(そのかなりの部分は、インターネットがリング内外のプロレスの歴史を、より現代的な文脈で記録し続けているからだ)。そこからさらに転落が始まる。あの非常に有名な不倫騒動と、その結果としての離婚、金銭問題、すでに悲惨なフィルモグラフィに付け加えられていくひどい映画群への出演、2015年に流出した人種差別発言の録音テープの件によるWWEからの絶縁状(今回こそ最後の絶縁状になることを願うばかりだ)、そしてもちろん、セックステープ流出である。ハルク・ホーガンもついに終わってしまったように見える。今後彼の話題を耳にすることは、おそらくほとんどないだろう。彼の評判は汚れすぎた。カルマという最強の敵から、これほど何度もイス攻撃を受けても、なおそこから再び立ち上がってくる人など、いるはずもないのだ。

とはいえ、本当はホーガンにはもう立ち上がってくる必要などないのだ。彼は間違いなく、ゴーカーとの裁判でかなりの金銭を得ているし(1億ドルを超えるともされる賠償額の全額を受け取ったかどうかは明らかにされていないが)、勝ったのは自分だと思いながら、おそらくは余生を、蓄積された肉体的ダメージとステロイドによる身体の衰えを眺めて暮らしていくだろう。しかし、彼は勝者ではない。ホーガンは負けた。ボロ負けなのだ。ここで彼は魂をなくした、などと言いたいところだが、それはあまりに陳腐だ。それに私に言わせれば、ホーガンにはそもそも、魂などなかったのだが、それも言わないでおこう。ホーガンの業績、それは我々に、本当のバッドガイはどんな男なのかをみせてくれたところにある。プロレスのリングで友だちを裏切ってチャンピオンになるといった意味ではない。そうではないのだ。善なるものの象徴として作り上げられたプロレスラー・ハルク・ホーガンは、現実の人生では、他人を出し抜くために必要なら何でもやってしまう男だったということだ。彼は一見勝利者に見えるかもしれない。しかし、ハルク・ホーガンは負け犬なのだ。


※注1(背景情報)米ゴーカー・メディア社は、ホーガンのセックステープをオンラインにリーク、その中でホーガンが人種差別的な発言をしていたことが問題視された。このリークの違法性を巡る訴訟で、ゴーカーは敗訴し多額の賠償金支払いを命じられ、同社は破産申請に追い込まれる。後に、PayPal共同設立者として知られる投資家のピーター・シールがホーガンの訴訟に資金援助していたことが明らかになっている。

※注2 WWF(ワールド・レスリング・フェデレーション)は2002年にWWE(ワールド・レスリング・エンタテインメント)に社名変更している。

Translation by Tetsuya Takahashi

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