パール・ジャムの名盤『Ten』:あなたが知らなかった10のこと

パール・ジャムの1991年のグランジ最高傑作『Ten』について、あまり知られていない事実を見てみよう。 (Photo by Paul Bergen/Redferns)


3. マイク・マクレディの『Alive』のソロは、エース・フレーリーの影響を受けている。
マイク・マクレディは、『Alive』を締めくくる2分間の壮大なソロのために、子どもの頃に憧れていたヒーローのひとり、キッスのギタリスト、エース・フレーリーを真似ようとした。「エースはキッスの爆竹であり、ダイナマイトだ。彼のリードの雰囲気によって、バンドのインパクトが強められている。俺は彼のビブラートが大好きなんだ。『Alive』での俺のリードは、『彼女』やドアーズの『ファイヴ・トゥ・ワン』などをベースにしている。あれは、(『Ten』の最終ミックスで)イングランドのサリーにいた時のことだったと思う。エースが『彼女』でやったようなアプローチをしてみようと思ったんだ。そして、ストーン(・ゴッサード)が書いたコード・パターンにはああいう下降する感じのパターンが合うと感じて、そうすることにした。その後、そこから即興で演奏した」と、2014年、マクレディはローリングストーン誌で綴っている。

4. エディ・ヴェダーが『Oceans』の歌詞を書いたのは、バンドのリハーサル・スペースから閉め出されている時だった。
『Ten』の制作期間中、バンドメンバーたちは、突然歌詞のアイデアを思いつくエディ・ヴェダーの才能に何度も驚かされた。ヴェダーが暴風雨のなか、バンドのリハーサル・スペースから閉め出されてしまった時に作詞した『Oceans』は、その最たる例である。「誰かにパーキング・メーターにお金を入れてきてほしいって頼まれたんだ。それをやりに行って戻ってきたら、閉め出されてしまった。霧雨が降っていたけど、俺は雨のなか外に出るような服装じゃなかった。ポケットに紙切れ1枚とペンが1本入っていただけで、他の皆は(中で)この曲を演奏していた。壁と板で塞がれた窓の向こうから伝わってくるベースの音しか聞こえなかったよ。だから、ベースに合わせて曲を書いた。最初は、曲を聴こうともしなかった。演奏が止まるのが聞こえた時に、ドアをドンドン叩いて…雨から逃れようとした。そうしている間、くそっ、何か書いていた方がましだって思ったのさ」と、2009年、ヴェダーはシアトル・サウンド誌に語っている。


5. 『Oceans』の最終ミックスには、普通ではあり得ない打楽器が使用されている。
1991年6月、シアトルで『Ten』のレコーディング・セッションを終えたパール・ジャムは、曲のミキシングを行うため、ティム・パーマーと共にイギリスへ渡り、サセックスとサリーの境界線近くの小さな町にある宿泊設備付きのレコーディング・スタジオ施設リッジ・ファーム・スタジオに入った。スタジオがかなり辺ぴな場所にあったため、土壇場で『Oceans』のためにパーカッションの音を重ねる必要があるとパーマーが判断した時、彼は求めていたエフェクトを得るためにペッパーミルと消火器を使用することになった。「俺があれらのアイテムを使った理由は、純粋に俺たちがいた場所が楽器のレンタルショップから遠すぎたからだよ。必要は発明の母ってやつだね」と、2002年、パーマーはギター・ワールド誌に語っている。


6. 『Even Flow』のレコーディングにはかなりの時間がかかったが、バンドはその最終結果にまったく満足していなかった。
『Ten』からリリースされた迫力たっぷりのセカンド・シングル『Even Flow』は、パール・ジャム楽曲のなかでも人気の高い曲であるが、『Ten』のセッションで一番手こずったのは、この曲で求めるレベルのスタジオ・テイクを得ることだった。「『Even Flow』は50~70回くらいやった。マジで悪夢だったよ。俺たちはお互いを憎み合うようになるまで何度も何度もあの曲を演奏したんだ。でも、ストーンは曲の出来について満足していないと思う」と、2009年、マクレディはデイリー・レコード紙に語っている。バンドはその後、1992年制作の映画『シングルス』のサウンドトラックのために、新しいドラマーのデイヴ・アブラジーズを迎えて再録音を実施した。

Translation by Shizuka De Luca

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