メタリカの『ブラック・アルバム』、あなたが知らない10のこと

25年前にリリースされたメタリカのブレイクスルー・アルバム『メタリカ』について、あまり知られていない事実を見てみよう。カーク・ハメットとジェイムズ・ヘットフィールド、1991年(Photo by Mick Hutson/Redferns)


1. バンドがより短くシンプルな曲を作り始めた理由のひとつは、コンサートでファンがとても退屈そうにしていたから。


メタリカのメンバーは、1988年にリリースされたアルバム『メタル・ジャスティス』で十分にプログレッシヴなスラッシュ・メタルのコンセプトを取り込めたと思っていたが、それと同時に10分近い長さの表題曲のように長々とした複雑な曲によって、自分たちがライヴの観客の忍耐力を試しているということにも気づいた。

「一般的な意見として、あのアルバムの収録曲はあまりにも長すぎたということに気づいたんだ。(観客の)皆が浮かない顔をしていたから、「くそっ、俺たちほどファンは楽しんでいないぞ」って思った」と、1991年、リード・ギタリストのカーク・ハメットはローリングストーン誌に語っている。ハメットは、バンド自身も曲の複雑なアレンジにうんざりし始めていたことも認めている。「ある夜、『メタル・ジャスティス』を演奏した後の舞台裏で、メンバーのひとりが「くそっ、あの忌々しい曲を演奏するのはこれで最後だ!」って言ったのを覚えているよ」


2. 『エンター・サンドマン』は、『ブラック・アルバム』のために一番最初に作曲した曲。


キャッチーだが邪悪で激しいグルーヴを感じさせる『エンター・サンドマン』は、メタリカの新しい方針をすべて含んだ曲である。だが、バンドは新しいアプローチへ徐々に移行することはしなかった。それどころか、アルバム『メタリカ』のための最初の作曲セッション中に、ハメットからシンプルなブルース調のギターリックを引き出し、この曲に大ヒット曲になる要素を詰め込んで、新しいアプローチへとすぐに移行したのだ。

「『エンター・サンドマン』は、1990年7月に作曲プロセスを開始した時、一番最初に作った曲さ」と、2014年、ドラマーのラーズ・ウルリッヒは振り返っている。「『メタル・ジャスティス』の後、10分のすごくプログレッシヴで12回もテンポが変化するというメタリカのスタイルは終わったんだ。俺たちはもっとシンプルで簡素なものを作りたいと思って、1~2日でこの曲を書き上げた。『エンター・サンドマン』のすべての要素はメインリフから生まれたものさ」


3. ジェイムズ・ヘットフィールドが書いた『エンター・サンドマン』の歌詞は当初、乳幼児突然死に関する内容だった。


『エンター・サンドマン』の音楽は、バンドがアルバム『メタリカ』のセッションで最初に作曲されたものだが、フロントマンでリズム・ギタリストのジェイムズ・ヘットフィールドはかなり後になるまでその歌詞を完成することができなかった。当初はベビーベッドの上で謎の死を遂げる乳幼児に関する歌として描かれていたが、バンドやマネージメントは、プロデューサーのボブ・ロックを通して、ヘットフィールドに歌詞の内容を抑えるように頼んだ。

「まず、音楽やリフを考慮して、バンドやマネージメントはこの曲がファースト・シングルになると考えていたんだ。それから、バンドはジェイムズの書いた歌詞を聴いて、それが乳幼児突然死についての内容になっていることに気づいた。それは受け入れられなかったわけだけどね...」と、2011年ロックは振り返っている。


「俺はジェイムズと会って、歌詞について話し合った」とロックは続けている。「俺は彼にこう言ったんだ。「君の書いたものは素晴らしいけど改善の余地がある。こんなにリアルな内容にしなくてもいいんじゃないか?」って。シングルについて考えていたわけではないけど、純粋にこの曲をもっとすごいものにしてほしかった。あの歌詞は彼にとって自分が言いたいことを伝える方法を学ぶプロセスだったわけだけど、より詩的でオープンな感じにしてほしいと思った。彼が歌詞を書き直して出来上がったのが…このファースト・シングルさ」

Translation by Shizuka De Luca

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