『アナザー・サイド』でボブ・ディランが世代の代弁者を降りた訳

アルバムのジャケット写真にはジーンズ姿のディランが写っているが、このジーンズは彼のブーツの丈に合わせて元彼女のロトロがカットしたものだった。これは周囲の一部の関係者のみが知る、ディランの過去を引きずるエピソードのひとつだった。コロムビア・レコードのAスタジオではその他、『アイ・シャル・ビー・フリー(原題:I Shall Be Free No. 10)』や『悪夢のドライブ(原題:Motorpsycho Nitemare)』などのシュールなトーキング・ブルースがレコーディングされた。さらに、哀愁のこもった伝統的なソウル・バラード『マイ・バック・ページズ(原題:My Back Pages)』は、“I was so much older then/ I’m younger than that now(俺はあの頃より今の方がずっと若々しいんだ)”というサビの繰り返しが印象的である。ディランはレコーディングのためのセッションを見ていた作家のナット・ヘントフに語っている。「あれが悪いとかこれが良くないとかいう批判の曲はもう書かない。他人のために曲は作らない。もう誰かの代弁者なんかでいたくないんだ」。

レコーディングが行われた夜、コロムビアのスタジオは静寂とは程遠い状態だった。ディランの友人たちは酔っ払って大声で喋り、ディランはスタジオを走り回る3人の子供達のひとりを捕まえて、「おまえを消しちゃうぞー」とおどけて追い払っていた。コロムビアとしては、その年の秋までにアルバムをリリースする必要があった。それから6時間以上、ディランはギターやピアノと格闘し、ピアノ演奏を初披露した『黒いカラスのブルース(原題:Black Crow Blues)』など様々なテイクをレコーディングした。また、ロンドンでのコンサートで既にお披露目していた新曲『ミスター・タンブリン・マン(原題:Mr. Tambourine Man)』もレコーディングした。ディランはエリオットを呼び寄せ、即興でコーラスさせた。エリオットは誰かがその曲を歌うのを聴いたことがあったものの、歌詞は全く知らなかった。「レコーディングしたほとんどの曲は、タイプ打ちした歌詞カードを見ながらディランは歌っていた。でもこの曲に関して歌詞カードは必要なかった。ディランは全部暗記していたんだ」と、エリオットは振り返る。エリオットは頑張ってコーラスを付けたものの、結局『ミスター・タンブリン・マン』はアルバムに収録されなかった。ディランは後にこの曲をレコーディングし直し、次のアルバム『ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム(原題:Bringing It All Back Home)』に収録した。

Translation by Smokva Tokyo

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