オジー&ジャックのオズボーン親子、世界を巡る新番組がスタート:「これはお笑いさ」

父親がブラック・サバスのフェアウェルツアーで海外を回ることが決定すると、ジャックはアラモやストーンヘンジなど彼が訪れてみたい世界中のスポットをピックアップし、ツアーの合間での撮影スケジュールを親子で検討した。「俺の休みがなくなっちまうが、まぁいいさ。楽しそうだったし」と、オジーは嬉しそうに語った。

ロケハン担当も含め総勢約25名のスタッフがいて、オズボーン親子には常に10名程のスタッフが同行していた。プロデューサーのひとり、グレッグ・ジョンストン氏は番組『オズボーンズ』にも関わっていた。ちなみにジャックは今回の企画に際し、「他の仕事でそれぞれ忙しそうだったから」という理由で母親のシャロンや姉のケリーには声をかけなかったという。

親子の旅行の大部分は地味なものだった。しかし、1982年にオジーが立ち小便事件を起こしたテキサス州サンアントニオのアラモの砦では事情が違った。82年の事件後オジーは、サンアントニオでの興行を禁じられていたが、92年に解禁されている。しかし、オジーのアラモ砦訪問がマスコミに嗅ぎつけられたために入り口付近に多くの人々が押し寄せ、ただでさえ昔騒ぎを起こした砦への訪問にナーバスになっていたオジーをさらに震え上がらせた。ジャックによると、ざっと1,000人が押し寄せた。

「プロデューサーたちには警告していたんだ。"アラモでは何が起こってもおかしくない"ってね。その通り、暴動状態だったよ」と、オジーはトレードマークでもあるおどけた表情で語った。

番組のアラモ砦再訪のエピソードを見ると、現場へ近づくにつれオジーがだんだんナーバスになっていく様子がわかる。ある車移動中のシーンでは、後部座席に座っていたジャックに向かって「スマホをいじるのを止めろ」と怒鳴りつけ、ヘッドフォンをしてシカゴを聴き始めた。ジャックは、「実はオジーはシカゴの大ファンなんだ」と明かす。イラつくオジーの様子にもかかわらずジャックは、「親父はアラモ砦に戻ってこられて嬉しいみたいだった」という。

Translation by Smokva Tokyo

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