ジェームス・ブラウンの新作ドキュメンタリーから学ぶ9つのこと

1969年頃のジェームス・ブラウン。(Photo by ABC Photo Archives/ABC via Getty Images)


5. メルヴィン・パーカー(Dr.)はブラウンに銃を向けたことがある

胡散臭い取引や、胡散臭い業界の人間にとって銃は当たり前の存在だ。たいていの場合、それはプロモーターかレーベルの従業員を意味する。だが、ドラマーのメルヴィン・パーカーにとっても、ボスに舐められないために銃が必要だった。「俺はどこにいようが、必ず銃をぶら下げていたよ」とメルヴィンは言う。「なぜって、ジェームスは良い日を過ごすこともあるが、そうでない時もある。俺は悪い方の日は避けたかったんだ」。

メルヴィンは、彼と弟のメイシオがミネアポリスでブラウンの楽屋に呼び出されたときのことを回想する。メイシオはブラウンの背中越しに話していたらしいが、突如ブラウンは拳を振り上げてメイシオに飛びかかってきた。「メイシオを脇に押しやって、ポケットから銃を取り出したんだ」とメルヴィンは言う。「オートマティックならいつも薬室に一発装填しておけって言うだろ。そのことを彼に教えて、彼の鼻に銃を押し当てて言った。"撃つぞ。どうして欲しいんだ、え?どうして欲しいんだよ!"と。すると彼は手を上げて、"ナウ、ナウ、ナウ、ナウ、そういう意味じゃないんだ。そうじゃないんだ"と言ったんだ。俺は言ったね。"俺に手を出すな。弟にも出すんじゃない"」。

6. ブラウンは「育ち」の影響で、人のファーストネームに"ミスター"を付けて呼ぶのを好んだ

家族的で互いに気心の知れたバンドだったにもかかわらず、ブラウンはメンバーのファーストネームに"ミスター"や"ミズ"を付けて呼ぶことにこだわった。「彼はこう言っていた。"アラン、俺が育った場所では、俺が育った時には、俺はいつもジミーだった"」と語るのはブラウンの宣伝担当ディレクター兼ツアー・マネージャーのアラン・リーズだ。「"俺の名前はジミーじゃない。俺をジェームスと呼ばないとしたら、俺をミスターとは呼ばないってことだ。でも、今はこう思っている。俺と一緒に仕事をしたいなら、俺をミスターと呼ぶことだ。そしてみんなにそうさせるための唯一の方法が、手本を示すことなんだ"と。僕はそれが彼の白人との関係にずいぶん貢献してきたんだと気付いたよ。白人が多くの会場を支配していた南部においては特にね」。

7. 『コールド・スウェット』はマイルス・デイヴィスにインスパイアされ、ブラウンの唸り声から生まれた

1967年、ブラウンはピー・ウィー・エリスの手による曲、『コールド・スウェット』をレコーディングした。ファンクの原点として名高い1曲だ。エリスによると、このトラックの有名なベース・ラインは、ブラウンが指図するときの唸り声を真似たものだった。「どこかでギグをした後、ジェームス・ブラウンは僕を彼の楽屋に呼んでこう言った。"いいのが浮かんだ"ってね」とエリスは言う。「これを書いて」と言って、ブラウンはエリスが慌てて紙を探している間にもリズミカルに唸る。「彼の唸り声を楽譜に起こしたものが『コールド・スウェット』のベース・ラインになったんだ。僕はマイルス・デイヴィスもずっと聴いていたから、『ソー・ホワット』が頭に浮かんだよ。僕はホーンのパートの一つを担当して、それを何度も繰り返した。それほど歴史的価値のあるものを書いたつもりはなかったけど、僕のジャズの影響が、彼のR&Bには紛れ込んでいて、その2つの融合からファンクが生まれたんだよ」。この曲は後に、数えきれないほど多くのヒップ・ホップの曲でサンプリングされた。

8. 伝説とは異なり、ミック・ジャガーはブラウンのT.A.M.I.ショーのパフォーマンスを見て"打ちのめされてトラウマになりそう"ではなかった

ローリング・ストーンズにとって、大きな影響力を持った1964年のT.A.M.Iショーでブラウンの後に続くのは気乗りのしない仕事だった。このショーでのブラウンの18分間に及ぶパフォーマンスは、ロック史上、最も衝撃的なものに数えられている。キース・リチャーズは、あるインタビューに答えて「ジェームス・ブラウンの次に演奏したのは、僕らのキャリアの中で最大の失敗だった」と語ったのは有名な話だ。だが、ジャガーによれば、「でたらめさ。なぜってステージは一旦すべて片付けられて、ライティングもすべて変わったんだ」とローリング・ストーンズのシンガーは、ブラウンのショーを見て「打ちのめされてトラウマになりそう」だったのかと指摘された後、答えた。「キャーキャー叫ぶティーンの女の子たちがいたんだぜ。1時間も幕間があったし、彼女たちがジェームス・ブラウンのショーを見たとは思えないな。フィルムを見ると、ジェームスと張り合っていて、"ジェームス・ブラウンには負けてるよな"って思うかもしれないけど、どうでもいいよ」

9. クライド・スタッブルフィールドは『ファンキー・ドラマー』が嫌いだった

数えきれないほど多くのヒップ・ホップ曲でサンプリングされている『ファンキー・ドラマー』。この曲のファンは多い。だが、当のドラマーはそうではない。「大嫌いな曲だよ」とスタッブルフィールドは声を唸らせて言う。「前の晩にどこかでプレイしてからシンシナティに行き、ホテルにチェックインして寝ようとしたらブラウンが言ったんだ"みんなでスタジオに行くぞ"って。僕らはみんなすごく疲れていて、レコーディングなんかしたくなかった。それで僕はただ、パターンだけで叩いたんだ。そうしたらブラウンがそれを気に入っちゃって、レコーディングしたのさ」。後年、あらゆるジャンルの音楽のテンプレートとなったにもかかわらず、『ファンキー・ドラマー』は、クエストラヴが指摘するように、シングルとしてはブラウンの唯一の失敗作だった。



『ミスター・ダイナマイト:ファンクの帝王ジェームス・ブラウン』
2016年6月18日(土)より角川シネマ新宿、渋谷アップリンク、吉祥寺オデヲンほか全国順次ロードショー
http://www.uplink.co.jp/mrdynamite/

Translation by Kise Imai

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