RUN-D.M.C.のDMCが語る、過去、現在、未来

(Photo by Frank Micelotta/ImageDirect/Getty Images)


ー1982年から1992年のラップ・ミュージックはバラエティに富んでいました。バンバータのズールー・ネイション、マーリー・マールのブレイクビーツ、パブリック・エナミーやドクター・ドレーの躍進、様々なスタイルが次から次へと生まれていきました。しかし現在流行しているアトランタ・トラップのハイハットなどは、10年ぐらい前の代物ですよね。昔の流行りは長く続いても3年だったと思います。

同感だ。ラキムが登場した時、LL(・クール・J)、パブリック・エナミー、そして俺たちはみな顔を洗って出直さなきゃならなかった。何が言いたいかというと、俺たちの世代のファンは今よりもずっと手厳しかったってことだ。だからこそ、俺たちアーティストは互いに切磋琢磨することで、より優れた作品を生み出そうと努力していた。今のシーンにはそれがないと思うね。批判するつもりはないけど、似たような曲ばかりが溢れ返っているんだ。俺たちの時代には、常に誰かが他より先を行っていた。バム、カート、ラン、LL、P.E.、デ・ラ・ソウル、リーダーズ・オブ・ザ・ニュー・スクール、ドクター・ドレー・・・そうやって絶えず歴史が塗り替えられていったんだよ。

ー1985年にライブ・エイドに出演した際、オーディエンスの反応はいかがでしたか?

70パーセントくらいは盛り上がってたな。残りの30パーセントからはブーイングを喰らったよ(笑)



ランDMC 1986年ニューヨークにて(Photo by Lisa Haun/Michael Ochs Archives/Getty Images)

ー本当ですか?

もちろんさ。ラップなんかクソくらえっつって、中指をおっ立てるやつらが当時はたくさんいたからな。でもオーディエンスの7割は受け入れてくれてたよ。俺たちにしてみれば、ビル・グラハムから直々に出演の依頼をもらったことが何よりも嬉しかったんだ。聞いた話だけど、出演者の選考会議で彼が俺たちの名前を挙げた時、周囲の人間は「ビル、本気で言ってるのか?やつらなんて3〜4年後には完全に消えてるに違いないんだぞ」って言ってたらしい(笑)その時ビルは、ランDMCが出演しないなら自分は手を引くって言ったんだよ。俺たちは出演を承諾したものの、最初は前向きな気持ちになれなかった。彼らが俺たちを見世物にしようとしていると感じていたからな。でも現場のオーディエンスを目の前にして、数々のブロックパーティーで培ってきた自信がみなぎってくるのを感じたんだよ。俺たちにやれることをやるしかないってね。ブーイングを浴びせられた時の対処法は2つ、ショーを続けるか、或いはオーディエンスに毒づいてステージを去るかだ。言うまでもなく、俺たちは前者を選んだ。

Translation by Masaaki Yoshida

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