なぜボウイは、アラジン・セインを生み出し、ジギー・スターダストを葬り去ったのか

1973年、ハマースミス・オデオン(現在のハマースミス・アポロ)で開催されたコンサートでのデヴィッド・ボウイが見せた『アメリカの影響下にあるジギー』。ボウイは同年にリリースしたアルバム『アラジン・セイン』で、彼の華やかな幻想の暗部に浸っていた。(Rex Features/PPS通信社)


アルバムのトーンを定めているのは『気のふれた男優』だ。この男優は夢見る役者ではない。挫折したハリウッド俳優で、サンセット通りとヴァイン通りの角でジャンキーの若い娼婦を拾う。ボウイは、有名になるという自身の夢が実現した直後に、もう自分がハリウッドのどこかでしおれ、色あせていくところを思い描いていたのである。ミック・ロンソンのギターもハーモニカも大音量だが、この楽曲はそれでも最高の、そして猥褻なグラムロックである。1974年のツアーはBBCのドキュメンタリーフィルム『Cracked Actor』に記録されているが、彼はマントをまといハムレットに扮してこの曲をパフォーマンスしている。人間の頭蓋骨に向かって歌い、それに情熱的にキスをする。



ボウイはこの曲をツアーの狂乱の中で書き上げた。製作中のタイトルは『Love Aladdin Vein』だった(同じ年、彼はルーリードの『トランスフォーマー』をプロデュースし、ザ・ストゥージズの『ロー・パワー』をミックスしている)。楽曲は前衛的なジャズピアニスト、マイク・ガーソンが『スパイダーズ・フロム・マーズ』に加わったことで広がりを見せた。(ちなみにサイエントロジー信者のガーソンはツアーの間、バンドのメンバーたちを宗教に勧誘し、ツアーの混乱をさらに大きくした)。『デトロイトでのパニック』『ジーン・ジニー』『あの男を注意しろ』でロンソンは最高に淫らで派手なギターを大胆に披露している。これらの曲はボウイの人生の中でも最もハードなロックに分類される。そしてガーソンのピアノが『薄笑いソウルの淑女』のような芝居がかったバラードを支えている。

アラジン・セインに比べて、ジギー・スターダストとしての音楽はまったく無垢であり理想主義的である。ヒッピー的だとも言える。しかしアラジン・セインにも『ドライヴ・インの土曜日』のような優しい部分もある。この極めて面白いドゥーワップのバラードが想定するのは核による世界の終末の後のディストピアだ。セックスの仕方を忘れた人は大昔のミック・ジャガーのビデオを見てそれを学ぼうとする。ボウイはこのアルバムにローリング・ストーンズの『夜をぶっとばせ』のカバーも収録し、ジャガーに賛辞を贈る。ただし「My tongue’s getting tied(うまく話せない)」という部分をボウイは「My tongue’s getting tired(舌が疲れたよ)」と歌っている。

『アラジン・セイン』は1973年4月にリリースされた。ロンドンのステージでジギー・スターダストを抹殺する3ヶ月前である。ボウイが登場し、ロックンロールは絶頂期を迎えたばかりだった。しかし彼は立ち止まることなく、アラジン・セインを生み出すことで未知の領域へと足を踏み込んでいったのだった。

Translation by Yoko Nagasaka

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