米「Black Lives Matter」運動の共同創始者が語る「ビヨンセ」の存在意義

ビヨンセはスーパーボウルで新曲『Formation』のパフォーマンスを披露(Photo by Ezra Shaw/Getty Images)


『Formation』の歌詞は複雑だ。それはムーブメントも然り。ハリケーン・カトリーナによる人災、警察の暴力とそれに対する反発、南部の黒人たちの生活を想起させるこのミュージックビデオは、ビヨンセが多面的で複雑で、多くの矛盾を抱える黒人であることを、これでもかと見せつけた。ビデオの中で彼女は南部の地位や伝統、そして悲劇といったものを呼び起こしている。そして、警察と本来はそれに守られるべきコミュニティ、その関係性を正す力を私たちが持っていることを、魔法のように思い出させるのだ。

そうして、彼女はニューオーリンズの洪水に浸かったパトカーの上で身悶えて沈む。メキシコ湾岸の貧しい黒人たちに対する国家的暴力と放置から生まれた、"国が認可した暴力"という明白な象徴とともに、洪水の中に溺れていく。

こういった基本理念は、「Black Lives Matter」運動の根本に含まれている。私たちは反黒人主義という人種差別と国家が認める暴力に、あらゆる形で闘うために団結した。私たちは複雑で多面的であり、残念ながら未だに非伝統的と見なされているリーダーたちによって組織されている。そのリーダーたちとは、女性や同性愛者、トランスジェンダー、身体障害者、移民、囚人、元囚人、貧困・労働者階級、南部、地方、都市、沿岸に住む人々だ。私たちはアメリカだけに限らず世界中で、黒人とは一体誰なのかという複雑さのもとに繋がっている。

『Formation』や、セレブとしてのビヨンセ、彼女が誰を代表しているのか、セレブではない黒人女性たちのために何がしたいのか、といったことに関しては、耳を傾けるべき批判がいくつかある。同性愛者やトランスジェンダーの伝統、反発、文化的貢献と彼女の資本主義賛歌(この経済システムは、彼女のようなひと握りの黒人たちは成功を収めているが、多くの黒人たちをないがしろにしている)もまた、その重要な批判の的となっている。他にも説得力のあるものとして、ビヨンセにハリケーン・カトリーナを語る資格はないと考える人たちが指摘する、彼女はあの悲劇を彷彿させるイメージを利用したという批判がある。これらは話し合うべき重要な問題だが、ビヨンセに限ったことではない。私は、これらは黒人の命を守るための運動、さらに「Black Lives Matter」の全国ネットワークが引き続き取り組まなければならない問題だと主張したい。そして、私たちはそれらを解決するための明確な策を導き出すことが不可欠なのだ。

Translation by Sayaka Honma

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