唯一無二の"プリンス"として生き抜いた57年間とは

プリンス(Photo by Michael Ochs Archives/Getty Images)

伝説的かつ革新的なミュージシャンであり、俳優のプリンスの逝去。"プリンスとして生き抜いた57年間を振り返る。

プリンスは78年のデビューアルバム以来、およそ40年にわたって、その芸術性と個性で多くの人を魅了してきた。プリンスのようにポップ、ロック、R&B、ファンク、ソウル、その他考えられる限り全ての音楽ジャンルを定義、再定義してきたアーティストはいないだろう。自身を中性的な存在として表現したプリンスは、アルバムのアートワークや歌詞で世間を挑発し、キャリア全盛期の『1999』『パープル・レイン』『サイン・オブ・ザ・タイムズ』といったアルバムでは保守的な批評家たちを困惑させた。

彼は文字どおり唯一無二の存在だった。初期の作品ではほぼすべての曲を自身で作曲し、演奏からプロデュースまでこなした彼の非凡な才能は、故郷のミネアポリスを飛び出し、世界中に轟き渡った。4枚のアルバムでビルボード200の第1位を記録し、計20枚のアルバムがRIAAによってゴールドディスク、プラチナ・ディスク、マルチ・プラチナ・ディスクに認定されている。

キャリアの絶頂期にあった80年代前半、プリンスは俳優としても活躍した。代表作である1984年の『パープル・レイン』をはじめ、1986年作『アンダー・ザ・チェリー・ムーン』、そして1990年作『グラフィティ・ブリッジ』では、出演のみならず監督まで担当した。また『グラフィティ・ブリッジ』の脚本も自身で手掛けている。

彼はキャリアを通して反体制の姿勢を貫いた。レコード契約のトラブルに直面した際には名義を発音不可のシンボルに変更し、主流となりつつあったストリーミングサービスへの楽曲提供を徹底的に拒否した。コンサートのチケットとアルバムをペアで販売するというコンセプトをいち早く実践し、近年のヒット・アンド・ラン・ツアーのように、思いつきでコンサートを企画してファンを驚かせることも少なくなかった。

キャリアを通して、プリンスは多数のアウォードを受賞した。1984年のグラミー賞では『パープル・レイン』が最優秀サウンドトラックに選出されたほか、大ヒットとなったチャカ・カーンによるカヴァー「フィール・フォー・ユー」が最優秀女性R&Bヴォーカル・パフォーマンス賞に輝いた。1985年には『パープル・レイン』のサウンドトラックがオスカーを受賞。また翌年に発表されたシングル『キス』、2004年作『ミュージコロジー』収録の表題曲と「コール・マイ・ネイム」、そして2007年作『プラネット・アース』収録の「フューチャー・ベイビー・ママ」でもグラミーを受賞している。80年代中期には複数のミュージックビデオがMTVビデオミュージック・アウォードに選出され、『ハッピー・フィート』のサウンドトラックに収録された「ザ・ソング・オブ・ザ・ハート」ではゴールデン・グローブ賞を受賞している。

Translation by Masaaki Yoshida

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