ビートルズ『ディア・プルーデンス』誕生秘話:プルーデンス本人が語るインド瞑想合宿

プルーデンス・ファロー(左端)―1968年3月ビートルズ、マハリシ・マヘーシュ・ヨーギーらと共に―は、ビートルズとの交流を回想記『Dear Prudence: The Story Behind the Song』に綴った。(写真提供:ハルトン・アーカイブ)


ーその後、あなたは『ホワイト・アルバム』を持っていたお母さんから『ディア・プルーデンス』の話を聞きました。お母さんのニューヨークのアパートにご家族で集まって「ウィンクキラー」というゲームをしていた時ですね。


心理ゲームみたいなものです。犯人役にウィンクされたら死んでしまうというゲームで、誰が犯人か予想しながらやります。でもウィンクされると殺されるかもしれないので誰の目も見たくありません。母に全員を「殺す」絶好のチャンスが訪れました。母は、皆のところを回って次は『ディア・プルーデンス』がかかると言いました。そしてレコードをかけました。皆に聴くよう促しながら、実は全員を殺していました。曲がかかっている間、母は私の前に来て、「素晴らしい曲よね?」と言うので顔を上げたらウィンクされました。

ー曲の中でジョンがあなたをどう描いたか、最初は不安だったそうですね。


ジョンは実に聡明で、ものすごく面白い人でした。他者を見る目も鋭いので彼が何を書くかなんて分かるわけがありませんでした。見当もつきませんでした。ジョンは何でも書くことができました。私にとってうれしかったのは、ジョンが私のプライバシーを最大限尊重してくれたことでした。

ー今、この曲をどう思いますか?


この曲には、60年代とはどういう時代だったかが凝縮されています。とても前向きで、実に美しい歌詞です。重要な曲だと思います。ビートルズの曲の中で一番不人気で、分かりづらい曲だと思っていましたが、インドでの講座の雰囲気や、私たちが静寂の中で瞑想を体験した、インドという土地のエキゾチックなところを捉えていると思います。

Translation by Cho Satoko

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