ビートルズ『ディア・プルーデンス』誕生秘話:プルーデンス本人が語るインド瞑想合宿

プルーデンス・ファロー(左端)―1968年3月ビートルズ、マハリシ・マヘーシュ・ヨーギーらと共に―は、ビートルズとの交流を回想記『Dear Prudence: The Story Behind the Song』に綴った。(写真提供:ハルトン・アーカイブ)


ービートルズは滞在中に曲を書き、演奏をしていたことは知っていましたか?

ええ、毎日午後になるとジョンのギターの音が聴こえてきました。2、3時間位ギターを練習したり、様々な音やメロディーを試していました。ある晩、確かジョンとジョージが(ポールは来ませんでした)私の部屋に来て、『オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ』を演奏してくれました。

ー別の部屋に移動したかったと書かれていますが、彼らは瞑想の邪魔になっていましたか?

そうですね、講義に参加していた他の参加者は全員が瞑想にふさわしい静かな小屋に滞在していました。私たちの小屋は「セレブ用ブロック」ということになっていて、ビートルズだけでなく他にもセレブやその関係者が滞在していました。夜はジョンとジョージ(滞在期間中はポールも)がドアの外のベランダで他の人たちと一緒にジャムセッションをしていました。

ービートルズに会ってスターの魅力に取りつかれなかったのはなぜですか?

それ以前にも有名人は周囲に居ましたが、あまり興味がありませんでした。正直に言ってビートルズが近くに居ても居なくても、私には関係のないことでした。でも、ジョンとジョージのことは大好きでした。考え方がとても合いましたから。彼らはミュージシャンでありながら、いろいろなことに関心を持っていました。一方私は、たった1つのことにしか興味がなく、それは(合宿所に)滞在し、瞑想の効果を最大限に得ることでした。私は彼らよりずっと極端でした。

ージョンとジョージは講座を修了する前に合宿所を去りました。2人とマハリシの不仲が大々的に報じられましたが、そのことをどのように受け止めましたか?

本当に突然のことだったので悲しかったです。彼らは2ヵ月間1日8時間瞑想していました。彼らが去る姿を見るのは悲しく不快なことでした。何が起こったかは話せません。なんとなくは分かりますが、自分がはっきり知らないことを憶測で話したくありません。ジョンがマハリシに帰ると言った時、私はその場にいました。

Translation by Cho Satoko

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