ビートルズ『ディア・プルーデンス』誕生秘話:プルーデンス本人が語るインド瞑想合宿

プルーデンス・ファロー(左端)―1968年3月ビートルズ、マハリシ・マヘーシュ・ヨーギーらと共に―は、ビートルズとの交流を回想記『Dear Prudence: The Story Behind the Song』に綴った。(写真提供:ハルトン・アーカイブ)


ーなぜこの本を書こうと思ったのですか?

孫が私を友人たちに会わせようと高校に呼んでくれました。私は『ディア・プルーデンス』のことは忘れていたので、「なぜ私を高校に?」と思いましたが、行ってみると子供たちは私にサインを求め、話を聞きたがりました。その子たちがビートルズの音楽や歴史をとてもよく知っていることに驚きました。結局私は小中学校にまで足を延ばし、そこにも私に興味を持ってくれている生徒がいました。
(ビートルズは)素晴らしいミュージシャンでありながら、彼らの行動や発言は当時私たちが感じていたことと合致していました。私たちの代弁者のような存在でした。今の若者がビートルズに興味を持つということは、彼らの声は今でも共感を呼び、現代の若い人たちに届いているということでしょう。

ーあなたの人生は、カトリック系の学校にいた時代から、生きる意味や精神性を見出そうとする意志に導かれてきました。10代になると反抗期に入り、飲酒やドラッグでハイになることもありました。

修道女たちは私に、「注目を集めようとしているのね」というようなことを言いました。問題がいよいよ深刻になったのは(ヨーロッパから)米国に戻った時、特に高校でミアの美貌が開花した時でした。当時の私はまだミアと自分を比べていました。そんな比較をしている自分がちっぽけで哀れに思えました。私はますます荒れるようになり、同時に自分の行動のせいで一層自己嫌悪に陥るようになりました。

ーLSDで恐ろしいトリップ状態を体験した後、あなたは薬物を断つことを誓い、瞑想の世界に引かれていきまました。

その頃には私は自分の内面を見つめるようになり、瞑想に関するものは全て読んでいました。しかし、転機となったのは兄(パトリック)を訪ねてマリブに行き、インド帰りの兄の友人に会った時でした。私が探していたものを教えてくれただけではなく、彼と出会ったことで私は、自分が探していたのは彼自身だということに気が付きました。

Translation by Cho Satoko

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