ボウイのベーシストが語る20年:「彼が私の人生を変えた」

2012年9月18日ドロシーとデヴィッド・ボウイ 『私がずっと思っているのは、彼の歌声が男性ロックスターの中で一番だってこと』 (Photo: by Brian Rasic/Getty)


ー2003年から2004年のリアリティ・ツアーは、112公演ととんでもなく長かったのですよね。この経験はどうでしたか

素晴らしかったわ。(2010年に)CDがリリースされた後で聴く機会があってね。この取材を一切受けなかったんだから。「君たちが取材に応えて。それについて僕には話すことはもうないから。」って言ってたのを覚えてる。インタビューの前に音源を聞いていると、記憶が全部戻ってきて。私が今までに関わってきたプロジェクトの中でも、特別なものだったの。ステージの装飾、衣装、プレイしたとんでもない数の曲。確か80曲ぐらい覚えて、自分たちのものにするために、まる3か月リハーサルしたわ。
とにかく退屈を嫌ったの。何度も同じ曲をプレイするのが好きじゃなかったから、私たちが可能な数の曲を覚えることが不可欠で。サウンドチェックの途中に新しい曲をちょっと、なんてこともあったわ。

ーデヴィッド・ボウイにしては珍しいことですね。ほら、それより前のほとんどのツアーでは、比較的決まったセットリストがありましたから。でもこのツアーでは『ザ・ビューレイ・ブラザース』をいくつかのステージで、どこからともなく引っ張りだしてきたり。バンドはどんな状況にも構えていないといけなかったのでは

その通り。全ての経験を一言で言えば、そういうこと。彼は素晴らしい指導者だったわ。私は音楽学ぶチャンス、プロとして活動の幅を広げて『アンダー・プレッシャー』みたいに自分とは縁がないと思っていたことに挑戦する機会を与えてもらったことに、本当に恵まれていると思ってる。「その曲をプレイしながら歌うなんて絶対に無理。冗談でしょ?」って言ったの。そしたら「2週間あげるから。」なんて言って、部屋から歩いて出て行ったのよ。だからどうするか決めなきゃいけなくて。

ナイン・インチ・ネイルズのツアーが始まってすぐのことだったと思う。長い時間をかけて、良いものになったわ。彼にフレディー・マーキュリーの追悼には、アニー・レノックスと一緒にした方が良い気がするって話したことから始まったの。「そうよ、もちろん。みんなそれ見たんだから。」って言ったら「そのテープを持ってる。聴いてみな。僕たちのバージョンができるかもしれないから。」って答えたの。「私が歌っている間、誰かがベースを代わりに弾いてくれるの?」って私も返した。エモーショナルなことだったわ。だってクイーンは常に私のお気に入りのバンドだから。毎晩その歌を歌う前に、星を見上げてフレディーに祈りを捧げてたわ。「良いものにするから、フレディー」って。



最近の私にとってエモーショナルなことは、当時のことを思い出すこと。私はデヴィッド・ボウイのおかげで大成長できたの。ミュージシャンとしてたくさんの借りがあるの。

Translation by Miori Aien

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