U2ボノ、デヴィッド・ボウイは「理想のロックスター」だった

2002年、ロンドンのロイヤル・フェスティバル・ホールでのデヴィッド・ボウイとボノ。「自分はデヴィッドの友人だと思いたいところだが、実はそれ以上にいちファンだった」と、ボノはローリングストーン誌に語った。 (Photo: Kevin Mazur/Getty)


僕は、ブライアン・イーノとこの追悼文について話してきた。デヴィッドがブライアンに別れのメールを送り、ブライアンがその内容を僕に教えてくれたからだ。そのメールは本当に素晴らしくて、とても愉快だった。あまりにも超現実的で、大胆に別れを告げる最後の手紙だった。僕はブライアンに、ずっとデヴィッドのことを考えていたと伝えた。クリスマスの間、僕は長女のジョーダンと『ブラックスター』を繰り返し聞いていたんだ。ジョーダンは2歳のときにデヴィッドと会って、彼は娘のことを「ピクシー」と呼んでいた。以来、彼女はずっとボウイ・ファンだ。

僕は、ポップスターでありピカソでもあるという、ちょうどその真ん中にいて両側面から引っ張られているときのボウイが好きだ。ソングライティングはきっちり制御されているのに、レコーディングは制御されていない、そんなボウイが僕のいちばんのお気に入り。アートとポピュリズムの両方を、均等に維持しているときの彼が好きなんだ。『ブラックスター』はアート傾向がかなり強くて、だから僕はそんなに気に入るはずなかったのに、実際のところ大好きなアルバムだった。娘のジョーダンも同じだった。

今年の彼の誕生日に、僕とジョーダンが祝杯をあげる写真を彼に送った。僕は長いメールを書いて、マイケル・レウニグの『Love and Fear』という美しい詩を送った。その詩には、こんな一文がある。「この世には2つの感情しかない/愛と畏れだ」。彼からの返事はなかったけれど、僕は彼がメールを受け取ったと聞いた。

結局のところ、ソングライターとして、またパフォーマーとして交換し合えるものというのは思考や感情だ。一部の人たちは独創的な思考を備えているかもしれないけれど、音楽的表現はそれほどユニークなものではない。だが、ボウイの音楽的表現は、他のどんな音楽とも全く違う形で聴く者に影響を与えた。僕たちは目を閉じ、自分は英語が分からないと想像して、ただ曲を感じる必要がある。そして、こう問うんだ。「自分の中のどこが、この音に反応しているのか?」。または「他に誰がここを刺激することができるのか?」

彼の曲の場合、誰もいないというのがその答えだ。
僕のその部分を刺激することが出来るのは、デヴィッド・ボウイただ一人。
つまり、僕のその部分は今やひっそりと静まり返っている。
そこを目覚めさせるために、僕は別の方法探さなければならない。
でも、そこはかつて確かに目覚めた場所なんだ。僕が14歳のときに。


以上、ボノがブライアン・ヒアットへ語った言葉。
2016年2月11日発売『ローリングストーン誌』第1254号より抜粋。

Translation by Sayaka Honma

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