U2ボノ、デヴィッド・ボウイは「理想のロックスター」だった

2002年、ロンドンのロイヤル・フェスティバル・ホールでのデヴィッド・ボウイとボノ。「自分はデヴィッドの友人だと思いたいところだが、実はそれ以上にいちファンだった」と、ボノはローリングストーン誌に語った。 (Photo: Kevin Mazur/Getty)

「すごく鮮烈で、まぶしくて、光り輝いていた。彼がいない空は、暗闇が濃さを増している」

デヴィッド・ボウイの追悼特集となる、1月29日発売のローリングストーン誌最新号では、さまざまなアーティストたちがシンガー/ソングライター/ポップ革新者である彼を哀悼している。本誌に特別寄稿された回想文のなかで、U2のボノは、ボウイがいかにして「別世界への扉」を見つけるきっかけとなってくれたのか振り返った。

僕はこれまでロックスターのように振る舞ってきたけれど、実のところ自分は違う。デヴィッド・ボウイこそが、僕の理想とするロックスターだ。ちょうど今、僕はミャンマーにいる。デヴィッドの訃報に衝撃を受けている世界から少し離れてはいるが、これだけは確かだ。スターマンを亡くした空はここでも、暗闇が濃さを増している。

僕が初めて彼のパフォーマンスを目にしたのは、1972年のテレビ番組『トップ・オブ・ザ・ポップス』で、彼は『スターマン』を歌っていた。すごく鮮烈で、まぶしくて、光り輝いていた。僕の家には、近所ではまだ珍しかったカラーテレビがあって、デヴィッド・ボウイこそがカラーテレビを買った理由だったんだ。僕は、彼のことを「僕らのエルヴィス・プレスリー」だと語っていた。2人にはたくさんの共通点がある。男性的かつ女性的であるという二面性、ステージ上にいるときの圧倒的な存在感。それまで存在しなかったが今では誰もが分かる、独自の輪郭、形をした姿を作り上げた。

ボウイとエルヴィスは2人とも、この世のものとは思えない超俗性があった。ボウイに関して言えば、彼のそばにいれば別世界への扉を見つけられるかもしれないと、そんな予感をみんな持っていたと思う。ティーンだった僕は『火星の生活』を、むしろこんなふうに受け止めていた。地球に人生なんかあるか? そもそも俺たちは生きているのか? 結局こんなものなのか? 

やがてボウイが開いてくれたいくつかの扉は、他のアーティストたちへと繋がっていった。僕にはベルトルト・ブレヒトやウィリアム・バロウズ、まだ駆け出しだったブルース・スプリングスティーンへの扉を開いてくれた。ボウイが導いてくれたなかで、僕にとっていちばん大切な扉となったのは、ブライアン・イーノと出会うきっかけになったものだ。

僕は自分をデヴィッドの友人だと思いたいところだが、実はそれ以上にいちファンだった。彼は、U2が『アクトン・ベイビー』のミキシングをしているときに、僕らのところを訪ねてきてくれた。そして、もちろん僕らにベルリンの街を、そしてハンザ・スタジオを案内してくれた。僕らはからかい合って冗談を言った。彼は腹を割って話してくれたし、僕らは時にはお互いの気持ちを傷つけ合うことさえあった。ボウイは彼の娘と一緒にミュージカル『スパイダーマン:ターン・オフ・ザ・ダーク』の昼公演を見に来てくれて、気に入らなかった理由を書いて僕に送ってくれた。彼が指摘してくれたことは全てとても役に立った。なぜなら、まだ舞台は開幕したばかりだったから。

Translation by Sayaka Honma

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