音楽史上最高のライヴ・アルバム ベスト50

Photo: (Michael Ochs Archives/Getty Images)


20位 ブルース・スプリングスティーン&ザ・Eストリート・バンド『THE "LIVE" 1975-1985』(1986年)

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「俺は自分に音楽史上最高のライヴ・アルバムを制作するという義務を課している」とかつて発言していたブルース・スプリングティーンは、初のライヴ・アルバムで十分に証明してみせた。彼は自身のライヴ・ショーに関する評価を確立させ、アルバムのおおまかな構成を考える段階になると、ハリウッドのジン酒場からジャージーのアリーナのライヴ、ゲットーの遊歩道にいた時代からランボー風になったブルースの歴史を網羅する40曲を収めた5枚組のLP盤(CDでは3枚組)を作るという壮大なプランを考えた。この最高のボックスセットの中核をなすのが『ボーン・イン・ザ・U.S.A.』、『Seeds』、『ザ・リバー』(スプリングティーンと彼の父親、徴兵に関する深い話も語られている)、エドウィン・スターのカヴァー『黒い戦争』という曲順で続く4曲だ。「これらの4曲は今までの俺たちのアルバムで語られることのなかったさまざまなことを伝えていた」と、マネージャー兼プロデューサーのジョン・ランドーは述べた。by RJ Smith

19位 グレイトフル・デッド『ヨーロッパ’72』(1972年)

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グレイトフル・デッド初のヨーロッパ長期ツアーから厳選されて作られたこの3枚組のレコード盤はもともと『Steppin’ Out』というタイトルだった。デッドは先にリリースしたスタジオ・アルバム『ワーキングマンズ・デッド』と『アメリカン・ビューティ』で完成させた控えめなサウンドという傾向に偏っていき、脱退したミッキー・ハートの後任であるビル・クルーツマンによる見事なドラムソロとともに、キース・ゴドショーの上品なピアノによってそのスタイルを強めていった。確かに『ヒーズ・ゴーン』や『ジャック・ストロウ』、『ブラウン・アイド・ウーマン』、『ランブル・オン・ローズ』といった古風な雰囲気のある新曲を採用している点を見た限りでは、このアルバム『ヨーロッパ’72』でどぎついアメリカーナの三部作が完成したと言ってほぼ間違いない。本作は観客の騒音もほとんど取り除き、ショーを締めくくるクロージング曲であるジェリー・ガルシアによる楽しい黙示録的な楽曲『モーニング・デュウ』は、ライヴ録音とスタジオ録音のハイブリットと呼んでいいほどツアー後に行った多重録音(主にヴォーカルパート)が多用されている。この最も売れたデッドのライヴ・アルバムは、1973年に他界したヴォーカル兼キーボード奏者のロン「ピッグペン」マッカーナンと作った最後の作品でもある。by Richard Gehr

18位 ジミ・ヘンドリックス『Jimi Plays Monterey』(1986年)

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1967年のギターを燃やした伝説のショーで演奏されたこれらの9曲は、最初は不完全なライヴ・アルバム『Historic Performances Recorded at the Monterey International Pop Festival』として、それからボックスセット『ザ・ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンス』の約半分を含んだ驚くほど奇妙に分割されたアルバムやオーティス・レディングのアルバムとして出されたりとさまざまなバージョンが市場に出されたが、この1986年の完全版が初めて全パフォーマンスを収録したものである。ヘンドリックスがいかにしてブルースを刷新したのか(『キリング・フロア』)、いかにして彼のヒーロー、ボブ・ディランの名を呼んだのか(『ライク・ア・ローリング・ストーン』)、どんな風にガレージ・ロックのスタンダードを刺激的な追悼ソングに変化させたのか(『ヘイ・ジョー』)、そしてひとつの曲をもっと軽やかな流れに入れたり、これまでテープに保存されてきたものよりも重要で自由なノイズのコーダを作り上げる前にどうやって曲にフィードバックを多用したのか(『恋はワイルドシング』)といったすべてを示す作品だ。by Joe Gross

17位 ザ・ローリング・ストーンズ『ゲット・ヤー・ヤ・ヤズ・アウト』(1970年)

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ゴールドマイン誌によると、1969年にブルース・ギタリストのミック・テイラーがザ・ローリング・ストーンズに加入し、バンドは樽に入れられた動物クズリのように互いに噛みつくようなギターによって引き起こされる新しい深いグルーヴ・スタイルを開始したところだった。このアルバム『ゲット・ヤー・ヤ・ヤズ・アウト』のコンセプトは彼らの天才的なサウンドをただ記録するというもので、キース・リチャーズの説明によると「可能な限り編集を加えないという趣旨」だったという。ライヴはバンドの各パートがいつもよりうるさく巧みに演奏され、特にドラマーのチャーリー・ワッツの演奏は未だかつてないほど自信に溢れているようだった。ベーシストのビル・ワイマンはゴールドマイン誌に次のように語った。「ストーンズは当時いたほかのバンドよりも優れたライヴ・バンドだった。俺とチャーリーは本当にいつも抜け目なく、いつも全力で、常に一緒にすべてのことを理解していた。俺たちがくそ真面目に取り組めば、すべてが上手くいった」。ローリング・ストーンズはオルタモントの1週間前に録音されたこのアルバムで、『悪魔を憐れむ歌』と『ストレイ・キャット・ブルース』のチャック・ベリーの楽曲2曲や決定版となるであろう『ミッドナイト・ランブラ-』を披露している。by RJ Smith

16位 ジェリー・リー・ルイス『Live at the Star Club, Hamburg』(1964年)

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1962年にビートルズがこけら落としライヴを行ったハンブルグのクラブで録音されたライヴ・アルバム『Live at the Star Club, Hamburg』は、ロックの殿堂受賞者クラスのなかでも最も衝撃的なパフォーマンスのひとつであり続けている。ルイスが13歳の従妹と結婚したことが世間に知られ、ロック・アイコンとしての彼のキャリアが失墜した6年後、音楽的才能の絶頂期にあった28歳の時にこのコンサートは開催された。彼は2分未満の短い楽曲『火の玉ロック』を駆け抜けるように演奏し、『Whole Lotta Shakin’ Goin’ On』ではまるで彼がピアノを分解しているかのような印象を見せた。ワイルドなカヴァー曲『マネー』や『ハウンド・ドッグ』では喝采を送り続ける観客を威圧した。「ああ、あれは本当に大ベストセラー・アルバムだった」と、彼は2014年に出版された半自伝的な著書で述べた。by Kory Grow

Translation by Shizuka De Luca

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