音楽史上最高のライヴ・アルバム ベスト50

Photo: (Michael Ochs Archives/Getty Images)


40位 B.B.キング『ライヴ・イン・クック・カウンティ・ジェイル』(1970年)

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B.B.キングのオープニング・アクトはつらい経験をした。1970年、ブルース界のレジェンドがシカゴのクック郡刑務所でのショーのために舞台へ上がる前、アナウンサーがまずジョセフ・ウッズ保安官をステージに招き入れたため、囚人たちは攻撃的なブーイングやヤジを飛ばして保安官を歓迎した。観客は無礼だったが、B.B.キングは気取らず謙虚な態度で彼らを魅了した。『ウォーリー、ウォーリー』や『スウィート・シックスティーン』などの曲をリラックスしながら披露した彼の様子は慈悲深く、人を惹きつけるのに控えめですらあった。「私たちが今までに開催したなかでいちばんのショーだった」と、囚人たちのためのパフォーマンスをキングに依頼した矯正局長のウィンストン・モンローは述べた。キングはバラード曲『プリーズ・アクセプト・マイ・ラヴ』の美しい調べでショーを終えるまでに、無我夢中で歌を叫びながら囚人たちの注意を引き付けた。by Brittany Spanos

39位 ジョニ・ミッチェル『マイルズ・オブ・アイルズ』(1974年)

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ジョニ・ミッチェル初のライヴ・アルバムが出たのは彼女の名声がピークにあった時だった。大ヒット・アルバム『コート・アンド・スパーク』が発売された数ヶ月後に録音されたこのライヴ・アルバムは、カナダのシンガー・ソングライターの彼女がこの新しいフルアルバムのPRツアーにおけるカリフォルニア公演を記録したものである。本作品『マイルズ・オブ・アイルズ』では、1968年のデビュー・アルバム『ジョニ・ミッチェル』の収録曲までを含めた広範囲なコレクションが披露されているものの、ヒット曲は入念に除外されている。「ファン・ゴッホに「星月夜をもう一度描いて」なんて言う人はいないでしょ」と、ミッチェルは『サークル・ゲーム』を歌う前に言った。1991年に彼女はそんな比較をした理由をローリングストーン誌に明かしてくれた。「私は絶対にジュークボックス人間にはなりたくなかった。自分のアイデアをまだ使い果たしていないから。でも私がポップという分野で活動し続けていれば、世間がおばさんがそうすることを許してくれるかどうかに議論の余地が生まれる。そのためには私の才能を信じて関心を抱いてくれる誠実な観客が必要になる」。by Brittany Spanos

38位 ヴェルヴェット・アンダーグラウンド『1969~ヴェルヴェット・アンダーグラウンド・ライヴ』(1974年)

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ライヴ・アルバム『1969~ヴェルヴェット・アンダーグラウンド・ライヴ』は、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのライヴ音源としてそれなりの出来であるのに、ここ数十年で多数の新しいバンドに音楽を始めるきっかけを与えた。1974年にヒットしたルー・リードのライヴ・アルバム『ロックン・ロール・アニマル』から数ヶ月しか経っていないなかでリリースされ、余分なものを取り払いシンプルになったリードがニューヨークのダウンタウンを越えて音楽に飢えた人たちにパンクの最前線である『1969~ヴェルヴェット・アンダーグラウンド・ライヴ』を提供した。ダラスとサンフランシスコの少ない観客に向けて未来のスタンダードを披露していた頃のこのライヴ・アルバムには、バンドにとってほとんど完全に新しい楽曲が収録されている。例えば、ヴェルヴェットが今まで正式に録音したことのなかった曲(『オーヴァー・ユー』、『リサ・セッズ』、『オーシャン』)や形が定まらずに録音してきた曲のドラフト(『ニュー・エイジ』、『スウィート・ジェーン』)、リリース後の1975年にパティ・スミスがライヴハウスCBGBでの1曲目として歌った少なくとも1曲(『ウィアー・ゴナ・ハヴ・ア・リアル・グッド・タイム・トゥゲザー』)などだ。by Jesse Jarnow

37位 ニール・ヤング『時は消え去りて』(1973年)

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1973年、ニール・ヤングは世界の頂点に立っているはずだった。アルバム『ハーヴェスト』の驚異的な成功はクロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤング(CSNY)の影から彼を引っ張り出した。シングル『孤独の旅路』が1972年にナンバーワン・ヒットを記録し、62回もの公演があるアリーナ・ツアーは全米で完売した。しかしクレイジー・ホースのギタリストであるダニー・ウィッテンの他界や腰痛による不調、バックバンドとの果てしない揉め事のせいで、このツアーは終わりの見えない苦行のようだった。この時点で数々のヒット曲があったにもかかわらず、彼は膨大なセットリストに『L.A.』や『Don’t Be Denied』、『Yonder Stands the Sinner』のようなまったく新しい陰気な曲を入れることを選んだ。その新曲がライヴ・アルバム『時は消え去りて』に収録されたのである。1973年にリリースされた時、世間の反応はあまり好意的ではなく、数十年で廃盤になってしまったが、頑固なニールのファンは完全な傑作であるオリジナルのレコード盤は貴重で価値が上がったとしてこの事実を認識している。しかし驚くことでもないがヤングはまったく別の解釈をしている。「俺がいちばん嫌いなアルバムは『時は消え去りて』だ」と1987年に彼は述べた。「俺にとってこの作品は、もうお互い顔を合わせられないようなミュージシャンが大集結したバンドという印象なんだ。まったく話にならないよ」。by Andy Greene

36位 フランク・シナトラ『シナトラ・ライヴ・アット・ザ・サンズ』(1963年)

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フランク・シナトラがMr.ニューヨークになる前、彼が本拠地としていたのはラスベガスだった。『シナトラ・ライヴ・アット・ザ・サンズ』は彼が最も熱狂していた瞬間を捉え、カジノに夢中になった観衆の様子と責任者が彼の傘下である俳優集団ラット・パックを厳しく批判した伝説のモノローグ『ティー・ブレイク』などが含まれている。本アルバムはジャガー/リチャーズよりもジョニー・マーサーのソングブックを好む人たちにとってこの時代における究極の作品となるだろう。クインシー・ジョーンズが指揮するカウント・ベイシー・オーケストラを従え、50歳になるクルーナー、シナトラによる温もりがあるのに威嚇するようなヴォーカルの力強さが最大限発揮されているからだ。『フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン』や『アイヴ・ガット・ユー・アンダー・マイ・スキン』のような代表作の決定版などが収録され、音楽はどれも素晴らしい。さらに、アニメ『空飛ぶロッキー君』のナレーターも務め、よく旅をする役で有名な俳優ウィリアム・コンラッドによる「サンズはこの新しい素敵なショーを開催することができて光栄です」というイントロダクションのおまけまでついている。by David Menconi

Translation by Shizuka De Luca

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