イーグルスのギタリスト、グレン・フライ逝去 享年67歳

イーグルスのギタリスト、グレン・フライが18日に逝去 享年67歳(Photo by C Flanigan/Getty Images)


デトロイト生まれのフライは、60年代終盤に地元でバンド活動を開始。やがて、短命に終わった2人組ユニット、ロングブランチ・ペニーホイッスルの相方であるJ.D.サウザー、シンガー・ソングライターのジャクソン・ブラウンと出会い、ロサンゼルスに移り住み、同じアパートに暮らした。1971年、リンダ・ロンシュタットのツアーバンドとしてフライとその他3名のミュージシャン(ドラムのドン・ヘンリー、ベースのランディ・マイズナー、ギターのバーニー・リードン)を紹介したのは、当時リンダの恋人だったサウザーである。そのツアー終了後に、イーグルスは誕生した。

その1年後の1972年、イーグルスのオリジナルメンバーはセルフタイトルのデビューアルバムをリリースした。このアルバムには、フライとブラウンが作曲した『テイク・イット・イージー』、フライがヴォーカルを担当した『ピースフル・イージー・フィーリング』が収録されている。ローリングストーン誌のオールタイム・500グレイテストアルバムにも選出されたこのアルバム『イーグルス』で、彼らはベストセラー・バンドへと成長していく軌道に乗ったのである。その評判は翌年の『ならず者』で確固たるものとなる。このアルバムには、『テキーラ・サンライズ』やタイトルトラックなど、フライが作曲した複数のヒットシングルが収録されている。

「バンドのメンバーは、僕がどれほどみんなのことを好きなのか、わかってくれているのかなと時々不安になる。メンバーが僕の基盤なんだ。そんなことは口に出して話し合ったことはないよ。各自が一定の距離感を保っている。時には一緒に遊ぶこともあるけど、喧嘩をすることもあるしね」とフライはローリングストーン誌の1975年のインタヴューで語っている。「僕はもう夢中なんだ。イーグルスのグレン・フライであるというプレッシャーに、おしゃべり担当という役回りに。あるいは、僕が自分のことばかり考えすぎていて、ランディやバーニーが自信をなくしているんじゃないかとかさ。心配なんだよ。まあ、小さな火種は常にあるけど、このバンドはかなり上手くいっていると思うよ。負けるわけにはいかないからね。イーグルスは続けば続くほど、良いバンドになっていくと思ってる。たとえ何があろうとね。そもそも、ここまでやってこれるとは思っていなかった。デビューアルバムのあとに解散するんじゃないかと思っていたんだ」

フライはさらに、『呪われた夜』『テイク・イット・トゥ・ザ・リミット』『いつわりの瞳』の作曲に参加、『いつわりの瞳』ではギターとリードヴォーカルも担当している。イーグルスは1976年に代表作『ホテル・カリフォルニア』を発表し頂点を極める。フライとヘンリー、ギターのドン・フェルダーが作曲したタイトルトラックは、その年のグラミー賞最優秀レコード賞を受賞。『ホテル・カリフォルニア』と『駆け足の人生』(作曲はフライ、ヘンリーとジョー・ウォルシュだ)はクラシック・ロックの定番となり、アルバムはローリングストーン誌のオールタイム・500グレイテストアルバムで37位となっている。

1979年、イーグルスは『ロング・ラン』をリリースした。このアルバムを最後に、1994年の再結成ライヴ・アルバム『ヘル・フリーゼズ・オーヴァー』が発表されるまで、イーグルスはバンドとして楽曲の録音をしていない。『ロング・ラン』でのフライは、イーグルスにとって最もロングセラーになったシングル『ハートエイク・トゥナイト』でヴォーカルを担当、またタイトルトラックと、ティモシー・B・シュミットがヴォーカルを担当した『言い出せなくて』を共作している。その翌年、フライとフェルダーの不仲が契機となり、最終的にはバンドの解散につながってしまう。


Translation by Kuniaki Takahashi

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