ショーン・ペンが語る:麻薬王エル・チャポとの会談(前編)

10月2日の筆者ショーン・ペンと当時逃亡犯だったエル・チャポ・グスマン。


2015年7月、エル・チャポが刑務所から脱走した。世界、特にメキシコとアメリカは憤慨した。なぜこのようなことが起きたのか?

麻薬取締局と司法省は怒り狂った。メキシコの内務大臣ミゲル・アンヘル・オソリオチョンがエル・チャポのアメリカへの引き渡しを拒否していたという事実、そして彼の脱走を許したことから、チョンとペーニャ・ニエト政権は世界中から見放された。

私はエル・チャポ逃亡のニュースを追い、エスピノーザに連絡を取った。私たちは8月下旬、パリのブティックホテルの中庭で会った。彼は私にケイトのこと、そして彼女が脱走後も断続的にエル・チャポから連絡をもらっていることを話した。私が雑誌にこのストーリーを掲載するという考えを持ちかけたのはこのときだ。エスピノーザはいたずらめいた微笑みを浮かべた。それはロサンゼルスに戻り、私がケイトに会えるように手配してくれるという意味だった。サンタモニカのレストランで私はケイトに自分の意図を説明し、彼女は国境を越える際の身元調査に備えて私たちの名前を知らせ、橋渡しをすることに同意した。約1週間後、エル・チャポが私たちとの面談に同意したという知らせが来ると、私は、ローリングストーン誌のヤン・ウェナーに連絡を取った。私、エスピノーザ、そしてエル・アルトがこの仕事を任された。この任務を掌握するヤンからの手紙を携え、私たちはケイトと合流した。彼女はエル・チャポの信頼を得るための切符だった。私たちはこの旅を手配したシナロアカルテルの代理人たちの手に自分たちを委ねた。エスピノーザと私が55丁目で9月下旬にニューヨークの空気を吸ってから、準備のために1ヶ月経過していた。

以下は7月に起きたエル・チャポの脱走に関する報道である。

Translation by Yoko Nagasaka

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