上原ひろみの葛藤 困難な時代にミュージシャンとして追い求めた「希望の兆し」

上原ひろみ(Photo by Mitsuru Nishimura)

最新アルバム『シルヴァー・ライニング・スイート』をリリースした上原ひろみ。初の弦楽四重奏との共演作を掘り下げるべく、ジャズ評論家の柳樂光隆がインタビュー。

【写真ギャラリー】上原ひろみ 撮り下ろし(全12点・記事未掲載カットあり)

「上原ひろみの音楽はジャズというより、プログレだ」と評されているのを時々見かける。言いたいことはわからなくもない。上原の壮大な曲の構成、速くてアグレッシブな即興演奏、複雑怪奇な変拍子などを聴いてプログレを感じるのは容易だろう。ただ、僕が彼女の音楽にプログレを感じる理由はそれよりも、むしろ楽曲の世界観にある。コンセプチュアルに作り込まれた楽曲が並ぶことで、大きな物語が浮かび上がるように作られたアルバム群は、壮大でときにファンタジックでもある。それが上原の強力な演奏と組み合わさると、ここではないどこかへ連れて行ってくれるような感覚さえ覚えてしまう。

そんな上原がコロナ禍に構想し、このたび発表した『シルヴァー・ライニング・スイート』は、僕がイメージしていた上原のプログレっぽさが希薄だったのが印象的だった。それは弦楽四重奏+ピアノという編成だから、ということではないと思う。昨今の状況にインスピレーションを得た表題曲は4部構成の組曲。そこから見えてくるのはスーパーヒーローのように弾きまくる光景ではなく、自分たちと同じように自粛生活を行い、この状況の中でもがき、悩んでいたひとりの市民としての上原の姿だった。ここでは先の見えない不安のなかで、戸惑ったり、時に弱気になったり、それでも前を向こうと気を張ったり、そんな情感が奏でられている。ジャズやプログレというよりは、シンガーソングライターの音楽を聴くような気持ちにさせられるし、多くの人々が置かれている状況と、そこで生じる感情を彼女なりの表現でリアルに描こうとしているようにも映る。このアルバムは自分にとって、上原ひろみの音楽に“共感”のようなものを覚えた初めての作品となった。

ここに収められているのは即興演奏を自在に繰り広げる上原ひろみと、丹念に書かれたアレンジ、それを豊かに膨らませながら演奏する弦楽四重奏の豊かで上質な音楽だ。同時に、上原がこれまでには聴かせてこなかったような演奏をする姿や、自らの弱さや不安を吐露するように奏でている姿を収めた、実にエモーショナルな作品でもある。様々な色彩や情景をピアノの音色や響き、コンポーズやテクスチャーのコントロールによって描いてきた上原だからこそ、奏でることができる繊細で深い感情がここにはある。言葉を介さないからこそ、直感的に届けることのできる感情が聴こえてくる。これこそが上原による切実な“うた”とも言えるかもしれない。

※このインタビューは7月22日に収録したもの。


Photo by Mitsuru Nishimura

―今回のプロジェクトをやろうと思ったきっかけは?

上原:コロナ禍でミュージシャンが来日できなくなって、ブルーノート東京も公演が軒並みキャンセルになってしまいました。そこで2020年8月〜9月に「SAVE LIVE MUSIC」という企画を開催しました(4種のプログラムで構成、16日間32公演)。その第1弾をやっているときに「恐らくこの状況はしばらく変わらないんじゃないか」という話をして、だったら第2弾の計画を早急に立てようと。第1弾は16日間すべてソロピアノだったので、第2弾は編成を変えてやりたかった。でも、これまで一緒にやってきたミュージシャン仲間はビザも下りなくて来日できないし、どうしようかなと思った時に、2015年に新日本フィルハーモニー交響楽団と共演した時のコンサートマスターだった西江辰郎さんのことが思い浮かびました。西江さんを中心とする弦カル(弦楽4重奏)とやるのは面白そうだなって。

そこで、第1弾の最終日にブルーノートのステージでピアノを少し左に動かし、無人の椅子を4つ置いて(弦カルとの共演を)イメージトレーニングしてみたら、音が聞こえるような感覚があったので「これはいけるな」と。それで西江さんに連絡をしてみたら、「ぜひやりましょう」と言ってくださいました。

その時点ではまだ曲もなかったので、これから書いて順次送ること、チェロの方にはジャズのイディオムでいうベースを弾いてもらいたいから、コード譜が読める人がいいとか、そういう話を西江さんにしました。その後、いろんな方を紹介してもらってメンバーが集まり、(「SAVE LIVE MUSIC」第2弾で)年末年始にピアノ・クインテット編成でライブをやったところ、とても手応えがあったので、これはアルバムとして残したいと思ってレコーディングすることにしました。



―「ピアノ+弦」という編成はこれまでにもやってましたか?

上原:バークリーに通っていた頃、ストリングスのための作曲やレコーディングは授業の延長でもやっていました。その時に弦を書くようになりましたが、この編成で演奏するのは初めてです。

―ピアノと弦楽のカルテットという編成で、上原さんが真っ先に思い浮かべるジャズというと? 

上原:チック・コリアの『Lyric Suite For Sextet』(1983年)は衝撃でした。今でもチックの作品の中で上位に入るし、いつだったかNYで行われた彼のバースデイ・ライブで、あの曲を生で観れたときは感動しました。チックはマルチ・ディメンショナルな人で、いろんな方向性を持っているけど、(あのアルバムは)作曲家としてのカチッとしたキメや曲想とか、チックの好きなところが盛りだくさんなので。


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