ブライアン・イーノが語る、ポストコロナ社会への提言とこれからの音楽体験

ブライアン・イーノ(Photo by Cecily Eno)

2020年に音楽活動50周年を迎えたブライアン・イーノは、多くの顔を使い分けながら新しい歴史を切り拓いてきた。70年代からポップ音楽にアートの前衛精神を持ち込み、近年最注目されているアンビエント・ミュージック=環境音楽の概念を確立。デヴィッド・ボウイのベルリン三部作に貢献し、プロデューサーとしてトーキング・ヘッズU2などに携わり、映画/テレビ番組のスコアでも輝かしい功績を残してきたほか、インターネットの普及を牽引したWindows95の起動音や、iPhoneの自動音楽生成アプリ「Bloom」の制作などを通じて、科学やテクノロジーの領域にまで影響をもたらしている。リベラルな現代思想家としても知られるイーノは、パンデミックに見舞われた2020年に何を考え、どのような未来を思い描いているのか?

※この記事は2020年12月25日発売の『Rolling Stone JAPAN vol.13』に掲載されたもの。取材は2020年10月に実施。


「私にとって最大級の発見」
イーノを夢中にさせたアプリ

ー2020年はあなたにとって、どんな年だったといえそうですか?

イーノ:恥ずかしながら、私個人にとっては非常に充実した年になった。3月にロンドンを離れて、田舎に持っている家に来た。それまでここでゆっくり過ごすことはほとんどなかった。一番長い滞在が3週間だ。でも今回は3月からずっとここにいるから、もうかれこれ8カ月いることになる。心の底から満喫しているよ。とても興味深かったのは、ある日を境に、自分の予定表が「ビッシリ詰まっている状態」から「白紙の状態」に変わったんだ。「ああホッとした!」と思ったよ(笑)。いきなり時間ができたんだ。これは常に言ってきたことだけど、生きていてある一定のところまで来ると、お金は重要ではなくなる。ほしいのは金ではなく、時間だ。

ーわかります。

イーノ:そんなわけで、いきなり「たくさんの時間」という贈り物をもらったわけだ。私は今、イギリス東部のノーフォーク州とサフォーク州の境にある小さな村に住んでいる。イギリスの中でも人口が少なく、静かで美しい平地と大きな空のある場所だ。そこでまた思索し、音楽を聴くようになった。ここに来た際、スタジオ機材を持って来なかったため、普段やっていたこと、つまり毎日音楽を作るというのをやらなくなった。ロンドンでは毎日スタジオに行って音楽制作をしていた。音楽制作を一切しない日のほうが珍しいくらいだ。でも、ここでは最初それができなかったんだ。それは機材を持ってこなかったから。機材がなければ音楽は作れない。私はそういうミュージシャンだからね(笑)。

ーええ、存じ上げています(笑)。

イーノ:だから、これまでよりも音楽を聴くようになった。作曲家として常に音楽を制作していると、音楽を聴くことがほとんどない。音楽を作りながら、他の音楽を聴くことはできないからね。自分が作っている音楽しか聴くことはない。他の大勢の人のように、多くの音楽と触れる機会が実は少ないんだ。作曲家になると、誰よりも音楽を聴く機会が少なくなるという不思議なパラドックスが生まれる。デザイナーや画家、作家をやっている友人たちのほうが最新の音楽事情に詳しい。彼らは一日中いろいろな音楽を聴いているからね。ということで、ここに到着してすぐの頃に、あるアプリを見つけたんだ。「Radio Garden」というんだけど、知ってる?

ーいいえ。

イーノ:君たちの読者全員に薦めたいくらい凄いんだ。私にとっては最大級の発見だよ。どういうものかというと、(携帯で実際にやりながら説明してくれる)アプリを立ち上げると、こうして地球上に地図が出てくる。その上に緑に光っている点がいくつも見えるはずだ。この緑の点、一つ一つがラジオ局なんだ。試しに日本にある緑の点を選んでみよう。

ー思い切りハズレでないことを祈ってます。

イーノ:きっとハズレだろうね(笑)。(日本にある緑の点を選んで、音楽が流れだす。いい感じのジャズが聞こえてくる)

ー思ったほど悪くないですね。

イーノ:これは、なかなかいいラジオ局だね。どれどれ……「ラジオ逗子」という局だ(編注:湘南ビーチFMと思われる)。このアプリを見つけた時、「日本で今どんな音楽が流れているかをリアルタイムで聴けるなんて、なんて素晴らしいんだ」と思った………すまない。あとでまた聞けるように、この局を「お気に入り」に登録している(笑)。

ーラジオ局は大喜びでしょう(笑)。


「Radio Garden」の画面

イーノ:ということで、私が最初の3カ月に何をしていたかというと、この辺りは湿地が多いのだけど、世界中のラジオを聴きながらひたすら散歩して回った。ハワイの人たちがどんな音楽を聴いているのか、オーストラリアの人たちがどんな音楽を聴いているのか、一緒に聴いたんだ。例えばハワイには、2つの素晴らしいラジオ局があってね。どちらも70年代のレゲエだけをひたすらかけるんだ。しかも、70年代の本物のハードコアなダブ・レゲエだ。ハワイでだよ?

ーハワイはサーファーが多いですからね。

イーノ:なるほど。そうかもね。そんな具合にいろんな音楽を聴いて過ごした。どんな音楽が聴けるか予測不可能だっていうので、生まれ変わった感覚になった。全く新しい音楽の聴き方だね。そのなかでも特にハマったのが、ロシアのチェボクサルにあるラジオ局(Orthodox Chants)。そこは正教会の聖歌だけを一日24時間、週7日ひたすら、語りも一切なしで流すんだ。何の曲か教えてくれる人もいない。歌声以外の人の声は一切流れない。その音楽の世界、美しさと荘厳さに完全にのめり込んでしまった。

そこで気づいたんだ。自分はもう何年もの間、純粋に聞き手として音楽を聴くことから遠ざかっていたことに。アーティストとして音楽を聴くことはあっても。「なるほど。そういうやり方もあるのか。どうやっているのだろう。このアイディアを使えないだろうか。自分だったらこうしたのに」という具合に、少し客観的に聴いてしまっていた。その筋の人間としてね。思いもよらない音楽を耳にして、その世界にどっぷり浸ってしまうのではなく。まあ、というのが、今回の自粛期間中にまずやったこと。

ーなるほど。

イーノ:次に何をしたかというと、自分がこの数年間、考えていたことをまとめる作業だ。私は本をたくさん読む。もっぱらかなり内容の濃い、ノンフィクションの本を読むんだ。これまでいろいろ読んで溜めていたものが、自分の頭の中で、大局的なものとして形になり始めた。政治について読んだこと、生態学について読んだこと、サイバネティックスについて読んだこと、複雑性理論について読んだこと、神経化学について、知覚についてーー 私が興味があって読んだ様々な事柄が、バラバラの島として存在するのではなく、そこに繋がりが見え始めたのだ。ということで、今年は私にとっては知的な面で充実した一年だったと言える。

さらに良かったのはZoomだ。おかげで世界中の人たちと会話ができるようになった。昨晩もZoomを使って何人かと会話したばかりだ。アムステルダムにいる人、アイルランドの南西部にいる人、ニューヨーク市内にいる人、あとバングラデシュにいる人……みんな興味深い人たちばかりだ。こんなのは数カ月前までだったら不可能だった。これだけの面子が一同に会するのにかかる手間隙を考えてみてほしい。飛行機やホテルの手配も含めてね。もちろん限界はあるわけだけど、この新しい人と繋がる方法の登場で、簡単にいろいろな人たちと会話を交わすことができるようになった。これは会話の質を保つためにも重要なことだ。なぜなら、誰か一人をシンガポールから飛ばして、一人をバンクーバー、一人をサンパウロからわざわざ呼んだら、「さぞかし素晴らしい会合にしなければいけない」というプレッシャーが生まれてしまう(笑)。それが楽しさを奪ってしまう。でも、これだったら自分の家の台所にもすぐに行けるし、どうせ1日コンピューターの前で過ごしているわけだから、その延長で臨むことができる。つまり、相手と、断然多くのことを起こせる関係性を築くことができるわけだ。真面目なこともだし、些細なことだっていい。実はその些細なことが出てくるのが大事だと思っている。

Translated by Yuriko Banno

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