地方都市から全米にミュージシャンを輩出し続ける登竜門に、飛び込んではみたのだが

そんなある晩、演奏を終えたクレイグが近づいてきて、「YO、お前ミュージシャンなんだろ、楽器は?」。べ、ベベベベース!「クール。来週は楽器持ってこいよ」って言ってくれました。マジかよ。

それでその週はいつにも増して、録りためた録音に合わせて練習して、どの曲が回ってきても弾けるようにしないと。なんて備えていたんですけど、いざ水曜晩、ケースに楽器を詰めていたら、臨月だった奥さんが「あ、陣痛きたかも」って。マジかよ(Reprise)。

エピソード的にはそこで奥さんを放置してウォリーズに向かったら、いかにもアーティスト気取りのクズ野郎って感じで獲れ高あったんですけど、そこは凡人の習い性、さっくりシットインはあきらめて出産に付き添ったのでした。せっかく向こうから誘ってくれたのに、すっぽかすことになってしまった……。

翌週、楽器背負ってノコノコ出かけていったんですけど、「先週は来れなくてゴメーン」なんて話しかけたら、ちょっとプイッとされたりして。またそこから毎週楽器を背負っては数週間モジモジして過ごし、ようやくシットインを果たした頃には、初めてウォリーズに足を踏み入れてから半年が経っていました。正直いまなら、ひと晩でカタがつくような話なんですけど。

一度やってしまえばあとはちょいちょいステージに上げてくれるようになって、そうしてシットインに慣れてくると、次にほしいのはサブといって、メンバーが来れない日の代役です。シットイン、サブと実績を重ねた先にメンバーの座があるのは、だいたいの察しがついていました。でも結局、僕にはサブすら回ってきませんでしたね。自分がヘボなのがその理由のすべてでした。

メンバーの本音が一度だけ垣間見えたことがあって、その晩もシットインしていたんですが、クレイグが「次(スナーキー・パピーの)『Binky』やるぞ」ってつぶやいたとき、ジャーメインが「その曲はルーツィじゃ無理だ。アンソニーに戻せ」って、いつもは優しい奴なんだけど、そのときはシリアスな顔して言ってきて。その晩はベソかきながら帰りました。


ウォリーズカフェの雰囲気がよくわかるドキュメンタリー映像

さて年が明けて春、ベースのアンソニーにJOEのワールドツアー仕事が決まったとかで、これは交代あるぞ、ってシットイン仲間がそわそわし始めました。自分に電話がかかってくることは万に一つもないとわかってはいたけど、次のベースが誰になったのか知りたくて、ワクワクしながらウォリーズの扉を開けたんです。そしたらそこには、予想を楽勝で上回る結末が待っていて。

ステージにベースの姿がなかったんです。ステージにいたのは日曜のキーボーディスト、ダニエルってやつで、彼がシンセベースとして加入していたのでした。「キーベースだぜ、クールだろ?」とクレイグ。マジかよ。

というのもそのひと月前、僕は日本の「Jazz The New Chapter 4」というムックに、「いまジャズやR&Bのトレンドはシンセベース。あちこちのバンドでエレキベースからシンベに持ち替えるのが流行中」というコラムを書いたばかりだったのでした。自分の原稿が具現化して帰ってくる、というなかなか得難い体験をして、それが僕のウォリーズ・クエストのオチだったように思います。

ほどなくクレイグはフリーランスという名前のバンドに参加するためNYに移り、水曜のハコバンは全員が入れ替わってしまいました。僕は音大の卒業が決まり、ボストンに居続ける理由もないので、ブルックリンに引っ越して日々、新しいチャンスを探しています。いまでは初めて訪れたハコでもシットインできる程度には、タフに、というか厚かましくなりました。



唐木元
ベース奏者、トラックメイカー。2015年まで株式会社ナターシャ取締役を務めたのち渡米。バークリー音楽大学を卒業後、ブルックリンに拠点を移して「ROOTSY」名義で活動中。最近自宅の近くに事務所兼スタジオを借りまして、セントラルパークをもじって「GENTRAL PARK」と名付けました(GENTRALは「寝ぼけた」という意味)。twitter : @rootsy

◾️バックナンバー
Vol.1「アメリカのバンドマンが居酒屋バイトをしないわけ、もしくは『ラ・ラ・ランド』に物申す」
Vol.2「職場としてのチャーチ、苗床としてのチャーチ」
Vol.3「地方都市から全米にミュージシャンを輩出し続ける登竜門に、飛び込んではみたのだが」
Vol.4「ディープな黒人音楽ファンのつもりが、ただのサブカルくそ野郎とバレてしまった夜」
Vol.5「ドラッグで自滅する凄腕ミュージシャンを見て、凡人は『なんでまた』と今日も嘆く」
Vol.6「満員御礼のクラブイベント『レッスンGK』は、ほんとに公開レッスンの場所だった」

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