ピンク・フロイドのリック・ライトによる12の代表作

Alex Wexelman | 2018/09/23 09:00

| (Photo by Michael Ochs Archives/Getty Images) |


8. 『アス・アンド・ゼム(原題:Us and Them)』(1973年)

ピンク・フロイドは結成当初、『The Committee』(1968年)、『モア』(1969年)のほか、アルバム『雲の影(原題:Obscured By Clouds)』となった映画『ラ・ヴァレ(原題:La Vallée)』(1972年)など、サウンドトラックを得意としていた。さらに、『砂丘(原題:Zabriskie Point)』(1969年)をはじめイタリアの映画監督ミケランジェロ・アントニオーニの作品にも何曲か提供している。ライト作の『The Violent Sequence』もその中の1曲だったが、アントニオーニ監督は採用を見送った。ウォーターズによれば、アントニオーニは「美しい曲だが寂しすぎる。教会を思い起こさせる」と述べたという。同曲はアルバム『狂気』の製作が始まるまで棚上げされていたが、ウォーターズが歌詞を付け、『アス・アンド・ゼム』として仕上げられた。ライトは、エモーショナルで熱くパンチの効いたバック・コーラスを聴かせている。

9. 『シープ(原題:Sheep)』(1977年)

ピンク・フロイドの歴史の中で、この時代はウォーターズの支配力が増し、アルバム『ファイナル・カット(原題:The Final Cut)』(1983年)を最後にバンドを去るまで、アルバム製作ごとにウォーターズのソロ作品の色が濃くなっていった。アルバム『アニマルズ(原題:Animals)』では1曲を除き全て彼のみのクレジットだったが、他のメンバーも依然として自分の存在感を示していた。『シープ』はヒツジの鳴き声から始まり、フェンダー・ローズを弾くライトの90秒間のソロが続く。スーパートランプ風の即興演奏は、アルバムで聴けるライトの名演奏のひとつで、変化を遂げるバンドにおけるライトの最後の絶頂期だった。ライトのバンドへの貢献度は徐々に低下し、『アニマルズ』では初めて彼のクレジットが見られなかった。その後、バンド内の緊張感が高まっていく。

10. 『Against the Odds』(1978年)

1977年のイン・ザ・フレッシュ・ツアー(In the Flesh Tour)中、バンド内の緊張関係は高まっていった。ウォーターズは、各コンサート会場へひとりで移動し、ショーが終わるとすぐに立ち去るようになっていた。著作権料は曲ごとに支払われることになっていたため、これがさらに対立を深める原因となった。ツアー後にライトは脱退を示唆し、ソロ・デビュー・アルバム『Wet Dream』(1978年)の製作に入った。「ソロ・アルバムに取り組むことは、次のフロイドの活動へのクリエイティブなエネルギーを取り戻す助けとなった」と、当時ライトは語っている。アルバム中で最も感動的な曲は、元妻のジュリエットと共同制作した『Against the Odds』だった。彼女はジュリエット・ゲイル名義でシンガーとしての活動経験があり、後にピンク・フロイドとなるバンドのひとつでも歌っていたことがある。ライトはジュリエットと1964年に結婚している。『Against the Odds』はアダルト・コンテンポラリーのトーチ・ソングで、苦しい男女関係を歌っている。「わからない。どうして続けなければならないのか。今夜はもう喧嘩したくない」とライトは嘆く。1982年に2人は離婚している。

11. 『ウェアリング・ジ・インサイド・アウト(原題:Wearing the Inside Out)』(1994年)

アルバム『ザ・ウォール(原題:The Wall)』へ向けたセッション中、ライトはコカイン中毒に苦しんでいたという。さらにウォーターズはライトとのアルバム製作を拒み、ライトはグループを追われた。「ウォーターズは素晴らしいアイディアを持っている人間だと思う。でも一緒に仕事をするにはとても難しい人間なんだ」と1987年にライトは、ローリングストーン誌に語っている。1985年にライトがバンドを離れた後、ピンク・フロイドの名義の使用を巡る激しい法廷闘争が起こった。その後ライトはバンドへ復帰し、2枚のアルバム製作に参加することとなる。復帰2枚目のアルバムは『対/TSUI(原題:The Division Bell)』(1994年)で、ライトはアルバム『狂気』に収録された『タイム』以来となるリード・ヴォーカルを務めた。ライト作曲、アンソニー・ムーア作詞の『ウェアリング・ジ・インサイド・アウト』は、ギルモアとライトがデュエットし、後からじわじわと良さが伝わってくる楽曲だ。バック・コーラスによる合唱と息づかいの聴こえるサックス・ソロが楽曲をまとめている。ライト本人が書いた歌詞ではないが、彼の口から出る言葉は説得力がある。冒頭の一節は、まるで彼の身の上話を聞いているようだ。「朝から晩まで人目を避けて過ごす。ただ生きようとしているのかどうかもわからず。どうにか生き延びている。つまり、もう限界を超えているんだ」

12. 『オータム’68(原題:Autumn ’68)』(2014年)

ライトによると、ピンク・フロイドのアルバム『対/TSUI』製作時にレコーディングされた、未収録の5〜6時間分の素材があったという。ギルモアとメイスンは、亡きライトに捧げたピンク・フロイドとしてのファイナル・アルバム『永遠/TOWA(原題:The Endless River)』の製作へ向けたインスピレーションを得るために、20年前のテープを掘り起こした。「このアルバムを作ることが、ライトの多大な功績を評価し、彼のプレイがピンク・フロイド・サウンドの中心にあったことを認識するよい手段だと思ったんだ」と、メイスンは当時語っている。「『対/TSUI』のセッションを聞き返すと、彼がどんなに素晴らしいプレイヤーだったのかをあらためて感じる」という。ライトの遺作となった『オータム’68』は、曲のタイトル通り1968年にロイヤル・アルバート・ホールの伝説のオルガンでレコーディングしたものだった。彼を送る曲としてふさわしい。華麗で心地よいインストゥルメンタル・サウンドスケープで、ライトの才能が、長い時間を共にしたメンバーへいかに多くのインスピレーションを与えたかがわかる。
Translated by Smokva Tokyo

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