米ジャーナリスト・デヴィッド・サイモンが語る、メディアと政治の惨状

―#MeTooのあと、「The Deuce」の現場の様子はどんなふうに変わりましたか?

あのとき、自分たちが作っている番組は時期的に最適なものだと感じた。ワインスタインと(ジェームス・)トバックの文化について本気で議論したいなら、彼らが生きていた文化がこの国にどれだけ深く根付いているか、彼らの言動に完璧なまでに現れていたこの国の男女性の捉え方など、あの事件に関しては話し合うべき問題は本当にたくさんあった。それが現場を変えたかって? 熟練の役者でも、世界で一番プロフェッショナルなスタッフでも、ポルノグラフィー文化や人材を性的に乱用することを描写するのは本当に難しいことなんだ。あのドラマは金儲けしか頭にない環境で展開されるストーリーだ。すべてが取引の世界なのさ。

―では、それをどうやって操作しているのですか?

第2シーズンでは一人の女性を雇った。彼女は愛情行為コーディネーター。彼女は、関係者全員の感情や品位を護る方法を探りながら、偽のセックスや愛情行為の撮影を手助けする。ポルノというのはバイオレンス作品よりも何倍もハードなんだよ。偽の暴力を演じるのはプロならみんなできる。だろう? 今後の撮影は確実に愛情行為コーディネーターを雇うと思う。だって、正直な話、プロフェッショナリズムや率直で正直な作品を作り上げるという点で、役者や監督やスタッフに無理難題を押し付けていることを、僕たちも自覚していた。でも、自分の望むものを求めてしまうし、そうなったら全員が互いに信頼し合うしかない。

―この番組を作っている最中に人間のセクシュアリティについて学んだことはありますか?

うん、あると思いたいね。何も学ばなかったら、それこそ恥ずかしいよ。僕の場合、自分が思っていたセックスワークやポルノグラフィーというものが、かなりの部分でステレオタイプだったことに気付いた。自分が一般的な視点で人をカテゴライズしていたこともね。でもステレオタイプへの対処の仕方は学んでいないな。また、キャラクターに関していえば、会う人、話す人の数が増えるにつれて、脚本が本当に良くなってきた。ドラマの脚本を書く場合、間違いを犯すキャラクターや欠点のあるキャクターも愛さないとダメだ。ときにはそんなキャラクターの方が他よりも好きになったりするね。

―30年前の自分自身にどんな言葉をかけますか?

なんてこった。君は僕が後悔していることを話せって言うんだね。もっと読書しておけばよかった、ほんと。レポーターとして、犯罪に関して知るべきことをはすべて学んだし、アメリカ政治のダイナミクスについてもたくさん学んだし、この仕事だから毎朝必ず新聞を読んでいる。銃から発射された弾が人体に当たったときにどんなことが起きるのか、僕は事細かに君に説明できるよ。でも、人々が経験することで、僕がこれまで注意していなかったことがたくさんあるし、僕はそれほど旅行もしてこなかった。初めて国外に出たのが25歳だったと思う。あと、森の木の違いもわからない。こういうのは些細なことに聞こえるけど、マジで、オークとブナの違いすらわからないんだよ。もっと多くのことを知っていたらよかったのにって思う。子供の頃からずっと読書しているけど、セルバンテス(「ドン・キホーテ」の作者)はまだ読んでいない。プルーストだってまだだ。人生の2/3が過ぎた頃に、幸運な人間は過去に注目しなかったことを思い出すものなんだ。人生ってそういうものだろう、なっ?

―「ザ・ワイヤー/The Wire」を製作した頃と比べて、現在のアメリカをあの頃よりも楽観視していますか?

今は悲観的だね。あんなに不道徳な人間を選んだことで、これまでの人生で一番目が覚めた。でも、悲観的といっても、自分の行動には影響しない。昔のことだけど、若い頃に憧れていた独立系ジャーナリストのI・F・ストーンが上手いことを言ったんだ。「時として価値のある戦いは負ける結末が見えている戦いだったりする」と。そして、ストーンはこう説明しているんだ。自分が負けたあと、他の人間も負けるだろう。でも、最終的に戦うという純粋な行動が、理性・良識・公正が何かを宣言することが、効果を与える。十分なだけの悲劇と無駄と喪失のあと、多くの人の心が好転する、とね。つまり、自分が負けるという現実があり、間違った方向に進むことが今の流れという現実があっても、その現実が自分が生きている間に良いことをする責任を放棄する理由にはならないということだ。

―「ザ・ワイヤー」をもう一度やりたいと思うことはありますか?

いや、ないね。他に伝えたい話が本当にたくさんあるんだよ。正直な話、「ザ・ワイヤー」のキャラクターたちには始まり、中間、終わりがある。ドラマのストーリーなんだから、それ以上は期待できないだろう?

―アメリカ人全員が知っておくべき政治システムは何でしょうか?

現在の根本的な問題は、巨大資本が共和党員を獲得するか否かだ。金銭自体、そして富をかき集めてきた層の人間たちが、アメリカの統治を買うことができるか否か。これが大きな戦いで、この戦いが今ひとつ理解されていない。新興財閥は新興財閥でしかないんだよ。そして、金銭がどう動こうが、どこに留まろうが、権力を提供しようが、この戦いは今始まったばかりで、その状況がイデオロギー面での疑問を矮小化している。巨大資本が行っていることはすべて権力を強め、富を高めるだけで、それ以外の目的はない。そんな結果を防いだり、軽減したりするために作られた枠組みはすべて崩れ落ちている。そして、これまでの共和党とは似ても似つかない政党になっているという狂気の世界に、この国が到達してしまった。そんな現実で、アメリカ国民が知るべきことが何かといえば、この国は既に金で買われてしまい、巨大資本に惑わされない価値観はほぼ残っていないという事実だ。資本主義は大きな富を生み出す驚異的なツールだが、これを公正で整然とした社会へと導くシステムだと見誤った瞬間に、みんなが馬鹿を見ることになる。今現在、この国には無数の馬鹿がいるのは明らかだよ。

―こういった現状を見て落ち込みますか?

どうだろうね。発言は悲観的だけど、普段はけっこうハッピーだよ。君は僕に憂鬱を語ってほしいのだろうが、僕は毎日仕事に行って、楽しく仕事して、家族と幸せな時間を過ごしている。バルティモア・オリオールズのファーム制度がもっと良くなればいいって思うぐらいで、それ以外はないかも……。

―今、自分のモチベーションとなっているものは何ですか?

僕は素敵なストーリーをみんなに伝えたい。これが僕の仕事なんだよ。みんなが焚き火を囲んで和んでいるときに、「あれはいいストーリーだった。あれに勝るものはないね」と語り合うようなストーリーを作りたい。まあ、自分で作ったものを世に送り出して、あとは願うだけさ。

Translated by Miki Nakayama

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