65年のボブ・ディラン秘話 第七回 「寂しき4番街」はフォーク・ファンへの怒りの鉄拳制裁?

Rolling Stone Japan 編集部 | 2018/07/24 17:40

| 1965年、『追憶のハイウェイ61』レコーディング中のボブ・ディラン(Photo by Michael Ochs Archives/Getty Images) |

今週末に迫ったフジロック。Rolling Stone Japanでは29日に出演するボブ・ディランのアーカイブを再構成し、ライブ前日まで全12回の連載記事をお届けする。第七回は「寂しき4番街」について。

ボブ・ディランが1965年にリリースした『追憶のハイウェイ61』と同じセッションでレコーディングされ、シングルとして発表された「寂しき4番街(原題:Positively 4th Street)」は、フォークからロックへと転向したディランを批判するファンへの回答と言われている。

『追憶のハイウェイ61』は初めて全編バンド演奏をフィーチャーした作品で、既成のフォーク・ソングの枠を超えて新たなスタンダードを築いた歴史的名盤。しかし、プロテスト・フォーク・シンガーとしてのディランに心酔していた当時のファンの中には、ディランの「転向」を批判する者も少なくなかった。

実際、『追憶のハイウェイ61』のレコーディングの合間に出演したニューポート・フォーク・フェスティバルでは、ロック・バンドを従えて登場したディランに対して、ブーイングが巻き起こっている。



ポール・バターフィールド・ブルース・バンドのギタリスト、マイケル・ブルームフィールドは当時をこのように振り返っている。

「フェンダー・ストラトキャスターを下げたディランは黒革のロックンロール・ファッションに身を包み、黄色のピンホールシャツを着ていた。ネクタイはしていなかったね。まるで『ウエストサイドストーリー』から飛び出してきたような格好だったよ」

その後リリースされた「寂しき4番街」は、ニューポートで浴びたブーイングと、ロック色を濃くしたディランへの批判に対する回答と受け止められた。「どうせ信念なんて持っていないんだろ」という辛辣な批判の言葉が、アル・クーパーのローラースケートで滑るようなオルガンとブルームフィールドの激しいギターの上に乗るこの曲は、ビルボードHot100の7位にランクインしている。



Edited by The Sign Magazine

FUJI ROCK FESTIVAL’18
期間 : 2018年7月27日(金)、28日(土)、29日(日)
会場 : 新潟県 湯沢町 苗場スキー場
※ボブ・ディランは7月29日(日)に出演
http://www.fujirockfestival.com/

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