魑魅魍魎のジョニー・デップ裁判、本人が内情を明かした密着ルポ

私たちは全員が寝不足でぼんやりしていたが、中には本物の酔っぱらいもいた。アルコールと大麻も手伝っているのだろうが、裁判のあれこれで疲労しているとは言え、デップは一緒に時間を過ごす相手がいて楽しそうだった。誰かがオアシスには我慢ならないと言った。これはデップにギターを持たせる十分な理由になり、彼は20分かけてギターをチューニングし、「ワンダーフォール」の一節を弾き始めた。私は頭痛がしていたが、ギターがデップの癒やしなのは明らかだ。若い頃の自分に戻れるのだろう。破産、孤独、業界から追放される瀬戸際の状態などという強烈なオチもない純粋な少年だった頃に。

デップはロサンゼルスの安宿で数人のルームメイトと住んでいた若い頃の話を始めた。あるとき、ベニスビーチのモーテルに泊まった翌朝、デップは安宿に戻った。48時間後、全員がベルトの下の皮膚を掻き始めた。アパートの住人が集まって「全員、痒い。どうして俺たち、痒いんだ?」と話し合った。

デップは前身の毛を剃り、虫めがねで毛ジラミを見た。

「毛ジラミって本当に海にいるカニみたいなんだ(※英語では毛ジラミのことをカニと同じスペルのcrabsと言う)」と、軽く笑いながら続けた。「俺がみんなに疥癬を分け与えちまった」と言って、タバコを深く吸い込んだ。「それをルームメイトに白状するのにどれだけ勇気がいるか、知ってるか?」と言ったあと、コズモ・クレイマーのような声色で「あのな、俺、モーテルでシラミを拾ってきちゃったんだ。ごめんな、みんな」と言った。

彼は薬局に疥癬治療薬Kwellを買いに行ったことも教えてくれた。「確か、薬局の兄ちゃんは『Kwellで安上がり』だったと思ったな」。

それを聞いて全員が爆笑したが、デップはまだ終わっていなかった。

「俺のルームメイトはあまりモノが言えなくて。ヤツは銀行強盗だったんだ」と続けた。私はデップ特有のホラだと思ったのだが、彼は調べてみろと言った。

「ヤツはポニーテイル・バンディットだった。ヤツはビバリーヒルズの銀行だけ11ヶ所も襲ったんだ」とデップ。

私はスマホで調べてみたところ、その頃、実際にロサンゼルスにポニーテイル・バンディットがいた。それを見せたら、デップは頷いてこう言った。

「ほら、言ったとおりだろう。俺は嘘はつかない」

夜が明け、早朝になり、裏庭でちらほらと雪が舞っていた。この裏庭にはデップの側近は一度も足を踏み入れていない。

この春、デップの弁護団は大混乱だった。4月、弁護団が退任するという連絡をよこし、その後をオレンジ郡のよくわからない事務所が引き継いだ。3週間後、デップの主任訴訟者のベン・チューが再登場し、ワルドマンをバックアップする契約を交わしたのである。デップはTMGとのトラブルの他に、アメリカ人ボディーガードたちから賃金未払いの訴えもおこされていて、彼らは公衆の面前に出るときに、デップの「顔や本人に違法薬物がついている」と注意しないといけなかったと主張しているのだ。何度も延期したのち、デップは5月26日に遂に証言台に立った。この裁判の審議は8月にも行われることになっていて、次に何が起こるのかとみんなはあれこれ考えているようだ。

不確定要素は姉クリスティだ。この論争について、彼女は一切コメントを出していないし、どちらの側も彼女を不正行為で糾弾していない。しかし、この論争の焦点は、デップが自分の財産管理の権限をどこまで彼女に許していたか、だろう。

法律の専門家に聞くと、この訴訟でデップが支払う裁判費用は何百万ドルになる可能性があり、裁判に勝っても費用を相殺する賠償金を得られるかは疑わしいらしい。ワルドマンはマレーシアの銀行、ハリウッドのスーパーエージェント、中東の投資家たちが関与する代替案を次から次へと提示し続けているが、具体化したものは一切ない。きっと裁判があるから延期していると言うのだろう。デップはクリスマスをフランスで過ごし、冬をバハマで、春をハリウッドの敷地で過ごした。仏サントロペのアマーは売却していないし、他の不動産もそのままだ。彼は敗北を認めないし、妥協もしないようだ。

「俺はこれまでの人生で一度たりともイジメっ子だったことはない」とデップが私に言った。「正気を失って人を傷つけたことも一度もない。ガキの頃に教わったことが、自分からケンカを仕掛けるな、だった。でも、誰かが自分を告訴したり、俺の世界を侵略したりしたときには、そのケンカを終わらせないとな。俺の母親の言葉を借りれば『連中をレンガで打ちのめせ』ってことさ」

デップは、この戦いは子供たちのためだと言う。つまり、息子ジャックと、シャネルのモデルをしている娘リリー・ローズのためだ、と。

「父親が破産したってことを息子は学校の友だちから聞いた。これは間違っているよ」と言って、デップはタバコのシミがついた手で涙を拭った。そして、彼が人生で最も誇らしかった瞬間の一つが、ジャックがバンドを始めると言うのでデップがバンド名を聞いたときだと言う。

「ヤツは『クラウン・ボーナーさ』って」と、デップは誇らしげに笑って続けた。「親子鑑定なんて要らない。アイツは間違いなく俺の子供だ」。(注:クラウン・ボーナー=ピエロの勃起したペニスの意)

デップは自分の無実を証明して訴訟が終わったら、やりたいことを探したいと言う。彼が脚本と監督をしたフランスの本があると言う。これは妻を失い、すべてを失った男が40代にもかかわらず、老人ホームに入居する話らしい。

「これは『Happier Days』というタイトルだ」とデップが教えてくれた。(デップが半分完成したと言うキース・リチャーズのドキュメンタリー「Happy」(仮タイトル)と混乱しないようにこのタイトルにしたらしい。)

そこからデップの話はすべて湯船で撮影する『タイタニック』について一気に飛んだ。

「できたらいいけど、ハリウッドはもうリスクをまったく取らないからな」と、ため息をつきながらデップが言った。

私はもう帰りたくなっていたが、去り難くもあった。世界で最も有名な俳優の一人が目の前で、ライターや弁護士がいるにもかかわらずに麻薬を吸っているのだ。彼の料理人はディナーを作り、ボディーガードはテレビを見ている。彼の周りには金で雇われた人間しかいない。

太陽が窓から差し込んできた。ワルドマンは寝室で眠ることにした。彼はオルゲ・デリパスカとスイスでクロスカントリー・スキーをするために午前中のフライトでスイスに飛ぶことになっている。彼が席を立ったのを解散の合図と私は受け取った。デップは警備員を探して、私のためにタクシーを呼ぶように伝えようとしたが、誰も応えなかったので、デップ自身が玄関まで私を見送ることになった。

「来てくれてありがとう。これは君のピュリッツァー記事になるかもね」とデップ。

次の15分間、デップはマンションの厳重なゲートの開け方を試行錯誤する。ボタンを押してからフェンスを開けようとしてもビクともしない。私はフェンスによじ登り、向こう側に飛び降りた。そして、鉄格子越しにおやすみと挨拶を交わしたのだった。

「元気でな」とデップが言って、一瞬無言になり、「話を聞いてくれてありがとう」と言った。

そして踵を返して、金ピカの豪華な牢獄へと戻り、重い扉を押し開けた。そして彼の背中で大きな音を立てて扉が閉まった。

Translated by Miki Nakayama

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