新作『Blood』におけるサウンドの変化 ―でも、ライが5年ぶりに発表した新作『Blood』には、ロビンが参加していないんですよね。実質的にミロシュのソロプロジェクトになって、音も結構変わっている。 柳樂:前作はカラフルな色合いだったけど、今回のはモノクロームで温度感もさらに低くなっているし、彼らの世界観や美意識に対する焦点が完璧に定まってきた感じがします。変な言い方になるけど、「ライっぽさ」が強く出ていますよね。『Woman』の高評価だったり、プロジェクトとして小慣れてきたのを踏まえて、その「ライっぽさ」を内面化して、突き詰めているというか。前作を作っていたときは、自分たちでもよくわかってなかっただろうから。
―「サウンドがモノクロームになった」というのは、具体的にどのあたりを指しているのでしょう? 柳樂:前作ではホーンやストリングが入ってくると、音が華やかになったじゃないですか。あれはまだカラーのある世界のサウンドで、モノクロームになり切れてなかったんだと思うんです。でも今回は、管弦の使い方がどこかサンプリングっぽくて、響き方もクールなんですよ。ドラムもそうで、曲によっては「ハイハットとスネア、バスドラムだけあればいいや」と音色を限定しているし、生演奏なんだけど、ドラムセットではなくてMPCを叩いているような感じがする。そういうマシーナリーな低体温の質感が、モノクロームな雰囲気に繋がっていると思いますね。
―このアルバムでは、ミロシュ本人がドラムを叩いているようです。 柳樂:そうなんだ。去年、ボノボがバンドセットでフジロックに出演していたけど、そこで叩いていたドラマーにも近い気がします。打ち込みと生ドラムが混ざっているんだけど、どっちの音かわからないみたいな。そう捉えると、『Blood』では実は生音が増えているはずなのに、聴感上はもっとエレクトロニカに寄っているふうにも聴こえますよね。
VIDEO ―あとは、音数が前作以上に削ぎ落とされているのもポイントなのかなと。 柳樂:さっきも話したように、ライは日常性の強い音楽で、無理にグルーヴしないんですよね。そこが新作ではより徹底されている。ドラマティックな展開を作ることなく、淡々とミニマルに演奏している。そういえば、本人がSpotifyにアップしているプレイリストがおもしろいですよね。
―「The Music That Shapes Us」ってやつですよね。 柳樂:あそこで新作におけるサウンドの文脈が、かなり種明かしされているんですよ。マーヴィン・ゲイの「セクシャル・ヒーリング」なんて完全にそうですよね。
―あの曲のリズムボックスは、『Blood』の音とかなり近い気がします。 柳樂:そうそう、あの軽い響きがね。ヴァン・モリソンの「スウィート・シング」もそう。うわものっぽいシンバルがリズムを引っ張る曲ですけど、どちらも低音に重きを置くのとは違う、軽くてフワッとしたグルーヴがあって、そこが『Blood』と繋がっている。イヴリン”シャンペン"キング の「Love Come Down」みたいなディスコも入っているけど、これもゴージャスに盛り上げる曲じゃなくて、いい意味で中途半端なんですよ。そういう参照点からも狙いが透けて見えますよね。
―それでいうと、ティアーズ・フォー・フィアーズやデュラン・デュランの曲が入っているのも納得できるというか。 柳樂:ライの新作にも、メロディの作りや歌い方、リヴァーブの掛け方とか、80年代のイギリスで売れてたポップス畑の白人って感じがありますもんね。そこにシネイド・オコナーやプリテンダーズのクリッシー・ハインドみたいな、あの時代の中性的な感じもちょっと入っている感じ。こうやって見ていくと、あのプレイリストの選曲は想像以上にブラックミュージックっぽさが薄いんですよ。ピンク・フロイドのフォーキーな曲もそうだし、セルジュ・ゲンズブールも入っている。
―『メロディ・ネルソンの物語』ですよね。最近リリースされたアークティック・モンキーズの新作でも影響源に挙げられて いましたけど、あのヨーロピアンで無駄のないファンクネスを、ライの新作はモダンに昇華しているように思いました。 柳樂:生々しい質感や音の抜き差しはヒップホップ以降ともいえるけど、ブラックミュージックをモロに取り入れたというより、そういうエッセンスを吸収した白人音楽の系譜に則り、それをアップデートさせた感じというか。