MV視聴回数1億回突破、関係者たちが明かすチャイルディッシュ・ガンビーノの素顔

ヒップホップにおいてメロディが重要視されるようになるにつれて、チャイルディッシュ・ガンビーノの評価は高まっていった。ドレイクの大ブレイク以降、MCとシンガーの境界線は曖昧になり、『キャンプ』期のチャイルディッシュ・ガンビーノに対する「ソフト過ぎる」という批判はもはや無意味になっていた。2013年発表の『ビコーズ・ジ・インターネット』では、ベースの達人サンダーキャット、そして2000年代に軽快なR&Bで数多くのヒットを飛ばしたシンガーのロイドをプロデューサーに迎えたメロウな曲群で、そのメロディセンスを存分に発揮している。



グローヴァーと同じく、アトランタのパフォーミング・アートに特化した高校出身のロイドは、当初はチャイルディッシュ・ガンビーノの音楽性に共感できず、コラボレーションには難色を示したたという。「これまでで、俺がコラボレーションに消極的だった相手は2人しかいない」。ロイドはそう話す。「1人はドレイクで、もう1人がドナルドだ。ヤング・ジージーのようなアグレッシヴなラッパーには慣れてたけど、(ドレイクとドナルドは)かなり型破りだったからね」。しかしグローヴァーが自ら監督した「3005」のミュージックビデオを観て、ロイドの彼に対する印象は大きく変化した。彼が提供した「テレグラフ・アベニュー」は、今となってはお気に入りの一つだという。

ネオンに彩られた「3005」で彼の魅力に気づいたのはロイドだけではなかった。ヒップホップからダンス・ミュージック、ポップ、そしてR&Bまでを対象とし、エネルギーに満ちた音楽を指す「リズミック」と呼ばれるラジオのカテゴリーにおいて、同曲はヒットを記録した。ヒップホップ専門のラジオ局にこそ無視され続けていたものの、チャイルディッシュ・ガンビーノの「3005」はプラチナディスクを記録した。「あのジャンルにおいて、あの曲は同年トップ10入りした中で唯一のインディ作品だった」。グラスノートのプロモーション担当、ニック・ペトロポーラスは誇らしげにそう話す。「メディアによるプッシュなしでトップ10入りする曲なんて滅多にないんだ。彼にとっても、あの曲はターニングポイントだった。あれ以来、世間がチャイルディッシュ・ガンビーノに注目するようになったんだ」。それはシーンの異端児による、反撃の狼煙だった。

次作にこそ「3005」を思わせる曲(「ソバー」)が収録されていたものの、サード・アルバム『アウェイクン・マイ・ラヴ!』では、ヒップホップというジャンルそのものと決別してみせた。ラッパーとしてようやく手にした成功を投げ打つかのような決断に首を傾げる向きもあったが、ヒップホップのシーンから見れば常にアウトサイダーだった彼にとっては、まったく別のスタイルを追求することに抵抗はなかったに違いない。スラップベースがリードするメロウなファンクに挑戦した同作は、ブラック・ミュージックが「革命を起こそうとしていた」70年代のシーンに対する、彼なりのトリビュートだったという。



シーンやメディアのサポートなしでキャリアを築いてきたグローヴァーは、自らの手で革命を起こしてきたと言えるだろう。2016年に第1シーズンが完結した主演ドラマ『アトランタ』のヒット、そして『スター・ウォーズ』のスピンオフ作品への出演が決定したことなども追い風となり、彼はラッパーとしてのし上がったアーティストたちと同等、あるいはそれ以上の影響力を持つ存在になった。

その事実を証明するかのように、『アウェイクン・マイ・ラヴ!』からシングルカットされた「レッドボーン」は、8カ月という期間をかけてあらゆるフィールドに浸透していった。R&Bとヒップホップのほどよいブレンドが黒人アーティストたちのお決まりのスタイルとなっている中で、同曲は完全に一線を画していた。ラジオにおいてもR&B/ヒップホップのメインストリームはラップに支配されており、ストレートなR&Bのトラックがヒットする可能性は低いとされていた。

しかしヒューストンのラジオ局Radio Oneでオペレーションマネージャー兼番組企画ディレクターを務めるテリ・トーマスは、グローヴァーの存在感の前ではそんな既成概念は無意味だと考えた。「チャイルディッシュ・ガンビーノは、私たちのカルチャーを牽引する存在の1人だと思う」。彼女はそう話す。「『レッドボーン』は必ず受けるって、私は確信してた」。細分化が進む一方の現在において、『レッドボーン』がポップのリスナーからクラブDJにまで支持されたことは画期的だった。「ラジオ受けする曲を作りたきゃ、ラジオ受けしそうな曲っていう概念を捨て去ることだ」。『ビコーズ・ジ・インターネット』に参加しているプロブレムはそう話す。ラジオ局のサポートなしでキャリアを築いてきたチャイルディッシュ・ガンビーノにとってそれは、そもそも意識する必要がないことだったに違いない。

「あえて遠回りすることで、彼は文字通りシーンにおける唯一無二の存在になった」とゼイン・ロウは語っている。「揺るぎない信念を持って、彼はあらゆることをコントロールし、そのヴィジョンを実現していく」

チャイルディッシュ・ガンビーノへの追い風が強まる中で発表された、不穏なヒップホップと多幸感を喚起するゴスペルを融合させた「This is America」。轍なき道のりを歩んできた彼にとって、メジャーレーベルのRCAと契約し、注目株のラッパーを数多く迎え、ミュージックビデオではブロックボーイ・JBが流行らせたダンスを堂々と踊ってみせた同曲は、キャリア史上最もストレートなアプローチと言えるだろう。チャイルディッシュ・ガンビーノがかつてなく注目されている状況下で、彼はノスタルジックな『アウェイクン、マイ・ラヴ!』の成功に甘んじることなく、社会の不穏な現状に正面から向き合ってみせた。「絶好のタイミングで人々に議論を促す、最高にクールなアクションだ」。トーマスはそう話す。「しかもそれをクラブのフロアで成立させてしまうんだから、マジで大したヤツだよ」



ヒップホップ界の最重要人物であるカニエ・ウェストが、ファンの思いを踏みにじるような発言を繰り返している現在、多くのヒップホップのリスナーが、かつて異端児と見なされたチャイルディッシュ・ガンビーノの包容力に魅力を感じ始めている。「こないだビッグ・クリットに電話して、最近のカニエの動きについてどう思うか訊いてみたんだ」。ロイドはそう話す。「ヤツはこう言ってた。『カニエの近況についてはまだチェックしてないんだ。でもチャイルディッシュ・ガンビーノの新曲にはブッ飛ばされたよ』」

Translated by Masaaki Yoshida

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