故アヴィーチー、生前最後のインタビューで語った「幸せの基準」

DANIEL KREPS | 2018/04/21 11:15

| 28歳で亡くなったアヴィーチー (Photo by Sean Eriksson†) |


2017年のドキュメンタリー映画『Avicii: True Stories(原題)』の中で彼は「『レヴェルズ』で全てが始まったって感じだった」と語っている。これはバーグリングのDJ人生とキャリアに特化したドキュメンタリー作品だ。また、バーグリングがリリースしたアルバムは2枚。2013年の『トゥルー』と2015年の『ストーリーズ』である。しかし、DJとして絶頂期の2016年に彼はツアーからの撤退を宣言した。

「何を選択するにしても、これまで物欲で動いたことは一度もなかった。もちろん、成功したことで得たチャンスや安心感には感謝しているよ。世界中を飛び回って演奏できるなんて本当に恵まれていると分かっている。でも、アーティストとしての人生が大きくなりすぎて、人間としての人生がほんの少しになってしまった」と。

宣言通り、アヴィーチーが世界で最もギャラの高いEDM界のDJとなって2年後、彼はツアー人生から引退した。そして、健康上の問題でラスベガスでのレジデントDJを含む、既に決まっていたコンサートをすべてキャンセルしたのである。

「どう生きるかを考える必要にかられた。成功するために成功を求めているって感じだったから、もう幸せを感じられなくなっていたのさ」と、2017年9月にバーグリングはローリングストーン誌に語っていた。これは彼のレコーディング・アーティストとして最後の作品であるEP『Avīci (01)』のリリース後に行われた取材だった。彼は続けた。「4、5、6年前からEDMは過飽和状態になってきた。あの頃から金が全てになったんだ。その頃から俺はEDMとの関わりを持ちたくないと思うようになった」と。

自身の作品を作る一方で、バーグリングは需要の高いコラボレーターであり、リミキサーだった。コールドプレイ(「ア・スカイ・フル・オブ・スターズ」や「ヒム・フォーザ・ウィークエンド」)、ワイクリフ・ジョンとサンタナ(2014年FIFAワールドカップのテーマ曲「Dar um Jeito(原題)」)、マドンナ、ロビン、メジャー・レイザー、ダフト・パンクなどなど、挙げればキリがない。また、デヴィッド・ゲッタとのコラボレーション曲「サンシャイン」は2012年にグラミー賞ダンス・レコーディング賞にノミネートされている。

マイク・ポズナーの2015年のヒット曲「I Took a Pill in Ibiza(原題)」は、アヴィーチーのコンサートでのポズナー自身の経験を歌ったものだ。前出のローリングストーン誌の取材で、バーグリングは「マイクはいい友達だから、あの曲は俺に対する賞賛だと思っているよ」と述べた。ちなみに、このときのインタビューはバーグリングが生前行った最後のインタビューの一つとなってしまった。

アヴィーチーの「レイ・ミー・ダウン」で共演したナイル・ロジャースは金曜日に「ティムと君の家族へ、心の底からお悔やみを申し上げます。君は僕の弟だった。いつも愛している」とツイートした。カルヴィン・ハリスは「アヴィーチーの悲しい知らせに打ちひしがれている。美しい魂と情熱を持った大きな才能に恵まれたアイツにはまだまだやるべきことがあったのに。彼の家族に思いを馳せている。ティム、神のご加護がありますように」と綴った。

「人生やキャリアのある時点で、俺たちは誰でも自分にとって何が一番大切かを理解する」と、バーグリングは「Avīci (01)」リリース後に自身のウェブサイトに掲載したファン向けのコメントに書いていた。「俺にとってそれは音楽を作ること。俺の生きる目的がそれで、俺はそのために生まれてきたと思うんだ」と。

そして、「去年(※2016年)、俺はライブで演奏することをやめた。きっと多くのファンがあれを俺の終わりと思っただろう。でもライブ演奏の終わりがアヴィーチーや俺の音楽の終わりじゃない。ライブ演奏をやめた後、俺は全てを納得できる場所に戻った。つまり、スタジオだ。次は俺の音楽作りへの愛情をお前たちに見せることにする。これは新しいステージの始まりさ」と続いた。

Translated by Miki Nakayama

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