米音楽業界の重鎮リオ・コーエンによるSXSWスピーチ6つのポイント

Jeff Gage | 2018/03/17 12:30

| オースティンで行われたSXSWにてキーノートスピーチを行ったリオ・コーエン(Photo by Sean Mathis/Getty Images for SXSW) |

米音楽業界の重鎮リオ・コーエンが、SXSW2018でキーノートスピーチを行った。初期のヒップホップ、音楽ビジネスの未来、そして元パートナーのラッセル・シモンズにかけられた暴行疑惑まで語り尽くしたスピーチを6つのポイントにまとめてみた。

音楽業界の変遷を長年に渡って見届けてきたリオ・コーエンは、その裏表を知り尽くした人物だ。水曜の朝にオースティンで行われたSXSWでのキーノートスピーチで、彼は業界の前向きな展望について語ってみせた。

時にノスタルジックになった1時間のスピーチは、80年代にデフ・ジャムの設立に携わり、ワーナー・ミュージック・グループの代表を経て、現在はユーチューブおよびグーグルのグローバル・ヘッドを務める、コーエンの長いキャリアを網羅する内容だった。ブギー・ダウン・プロダクションズのDJ D-Niceが、コーエンが発掘した新旧のアーティストたちの曲をプレイする中、現在58歳の彼は音楽業界が新たな「黄金時代」を迎えていると語り、90年代に失われたはずの起業精神の復活を歓迎した。

以下でスピーチにおける6つの重要なポイントを紹介する。

1. 変化を受け入れることが音楽ビジネスの鍵

スピーチを通して、コーエンは変化を受け入れる姿勢が重要だと繰り返し述べた。「私は変化を好むし、変化を前向きに捉えるし、変化に興奮する」自身の37年間におよぶキャリアを「曲がりくねった道のり」と形容する彼は、スピーチの序盤でそう語った。同輩の中には業界の荒波に飲み込まれてしまった者もいたが、コーエンはデフ・ジャムの経営で1900万ドル(約20億円)の赤字を背負ったことや、会社の重役たちによるクーデターを受けてワーナーを追放された経験さえも、自分の人生の大きな糧になっていると語った。「ステップ・バイ・ステップ方式の成功ばかりを求めていては、予期せぬ事態に対応することはできない」

2. ヒップホップの黎明期、プロモーションは常に行き当たりばったりだった

音楽ビジネスにおける心構えについて語る上で、コーエンは繰り返し「あの頃は最高に楽しかった」と前置きしつつ、自身が経験したエピソードを数多く披露した。中でも最も愉快かつ教訓となったのは、1984年にラン・DMCがロンドンで初のプロモーション活動を行った際に、ジャム・マスター・ジェイが自分たちのレコードを持ってこなかったことにまつわる逸話だった。ラジオ局の大半がヒップホップに興味を示さなかった当時、宣伝活動は土壇場での思いつきで対応するケースが少なくなかったという。「若きブラック・アメリカンとして、彼らはどんなことがあっても、自分たちのストーリーを自分たちのやり方で伝えていくという覚悟を持っていた」彼はそう話す。「その存在を世に広める手段を、我々は自ら編み出していった」

3. 共にデフ・ジャムを設立したラッセル・シモンズを讃え、そして非難した

「この業界において、ラッセル以上にスマートな人間には会ったことがない」かつてのビジネスパートナーについてそう語ったコーエンは、音楽とアートとファッションを結びつけるというヴィジョンを持ったラッセルが、80年代に黎明期にあったヒップホップカルチャーを世に浸透させていったと主張した。それでも2017年にデフ・ジャムの代表を辞任するきっかけとなった、ラッセルに対する性的暴行疑惑については、コーエンは断固とした態度を示した。「私自身は、ラッセルが女性に暴力を振るうところは見たことがない。私が知っている彼のイメージとはかけ離れている」事務的な口調でそう話しながらも、コーエンはこう続けた。「彼が行ったとされている行為は決して許されるものではなく、徹底的に追及すべきだ」

Translated by Masaaki Yoshida

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