ショーン・ホワイト インタビュー:再び栄冠に輝いたスノーボードの申し子

Eric Hendrikx | 2018/03/15 11:45

| 平昌冬季五輪の男子ハーフパイプで金メダルに輝き、アメリカ国旗を手にしたショーン・ホワイト 2018年2月14日 韓国フェニックス・スノー・パークにて (Photo by Tim Clayton/Corbis via Getty Images) |

3度にわたってオリンピック金メダリストとなったショーン・ホワイトが語る、顔の怪我を乗り越えて挑戦した平昌オリンピック、そして音楽とエクストリームスポーツの祭典Air + Styleについて。

韓国から戻った時、ショーン・ホワイトの首には平昌オリンピックで手にした金メダルがかけられていた。快挙を成し遂げたその数週間後、彼は自身が主催する音楽とエクストリームスポーツの祭典、Air + Styleの会場を駆け回っていた。ロサンゼルスのダウンタウンにあるエクスポジション・パークに到着するやいなや、列をなしたゴルフカートのひとつに乗せられた筆者の前方には、スノーボード界のスーパースターの姿があった。バックステージの通路を猛スピードで駆け抜けるカートが向かったメインステージでは、エレクトロ・ロック・デュオのファントグラムが出演を控えていた。シンガーのサラ・バーテルのボーイフレンドとして、ホワイトはそのショーを見逃すわけにはいかなかったのだ。バンドをステージに招き入れた後、ホワイトは筆者とともに観客でごった返すミキシングボード付近に陣取りった。視界とサウンドともに申し分ない環境で、スノーボード界の生ける伝説は、お気に入りのアーティストによる官能的とも言えるパフォーマンスを堪能した。

フェニックス、グッチ・メイン、ゼッドという豪華ヘッドライナーを擁するこのフェスティバルの魅力は音楽だけではない。Air + Styleに集まったオーディエンスは、プロのスケーターとスノーボーダーたちによる、世界最高峰のトリックの数々を楽しむこともできる。「ここの競技用コースは、世界中に散らばる俺のお気に入りのDIYスケートパートがモデルになってるんだ」Blood Wizzardの専属プロスケーターであるクリス・グレッグソンはそう話す。「マジで最高のイベントになるよ」急な勾配のコンクリート製クォーターパイプで繰り広げられる、キックフリップ・リップスライドという高難易度のトリックを競うコンテストで、グレッグソンは3位入賞を果たした。

スノーボード界のキングとして彼の名前が世界中に知れ渡っていくと同時に、音楽とエクストリームスポーツを融合させたAir + Styleは規模を拡大し続け、今やロサンゼルス、北京、シドニー、オーストラリアの4都市で開催される国際的イベントとなった。毎年ロサンゼルスのダウンタウンにスノーボード会場を設置するという難題について、ホワイトはこう話す。「スノーボードに紐付いた文化を広めていきたいんだ」すでに揺るぎない名声を手にしながら、音楽フェスティバルの主催に挑戦する理由について、彼はこう話している。「仲間たちとコーチェラで最高の時間を過ごしてた時に、ふと思ったんだ。俺もこれをやってみたい、ってね。自己中心的な動機だってことは否定しないよ、自分が好きな音楽を思いきり楽しみたいってだけだからさ」

ニューヨーク北部出身のファントグラムのジョシュ・カーターは、ビデオをはじめとするスケートカルチャーを通じて様々な音楽に出会ったと話す。「ダイナソーJr、ピクシーズ、あとウータン・クランなんかも、全部スケートを通じて知ったんだ」カーターはこう続ける。「Air + Styleにはそういうバイブがある。独特のリズム感がね」

ファントグラムのパフォーマンス後、ホワイトはバックステージで筆者の取材に応じてくれた。オリンピック直前に経験した62針を縫う顔の大怪我、過去のローリングストーン誌の表紙写真にまつわるエピソード、そして2020年の東京オリンピックにスケートボードの選手として出場する可能性ついて、スノーボード界のゴールデンボーイが語ってくれた。

ーあなたは平昌オリンピックで、人生で3個目となる金メダルを獲得しました。1440(フォーティーン・フォーティ)を連続で成功させた、あのドラマチックな最終滑走について話してください。

あの1440/フォーティーン・フォーティ(またはフォー・レボリューションズ)に挑戦することは少ないんだ。素晴らしいハーフパイプ、適度なアドレナリンとプレッシャー、そういう理想的な条件が揃った時にしかできないからね。もしあれが他の大会で、天候と視界が良好じゃなかったら、あのトリックはやらなかったと思う。でもオリンピックという特別な場では、やっぱり挑戦しないわけにはいかなかった。失敗するかもしれないという不安はなかったよ。自分の実力を発揮すれば必ず成功する、そう信じてたからね。僕はスロープを見下ろし、ウインドマーカーが完全に静止しているのを確認した。観客が静まり返る中、会場のスピーカーからはポスト・マローンの『ロックスター』が流れてた。すべてが自分に味方してくれているように感じて、僕はこれから見せる滑りをはっきりと思い描くことができた。最初のトリックをしっかり決めれば、次のトリックも絶対に成功させられるはずだった。フォーティーン・フォーティを2回決めたあのランは、僕にとっても初めての経験だったんだ。各トリックを成功させたことはあったけど、両方を1回のランに組み込んだのはあれが初めてだった。最高の気分だったよ。

ー2014年のソチオリンピックは残念な結果に終わりましたが、平昌で再び栄冠に輝いた今、当時のことをどう振り返りますか?

避けて通れない道だったんだと思う。あの試合で勝って、オリンピック3大会連続金メダルっていう快挙を成し遂げたかったっていう思いはあるけどね。あの大会の後、僕はスポーツに興味をなくしてしまって、正直引退も考えた。でも大きな失望を乗り越えて、僕はスノーボードに対する情熱を再び取り戻すことができた。2大会連続で勝利していただけに、あの大会での敗北のショックは大きかったけど、その経験が今回の金メダルをより重みのあるものにしてくれているんだ。僕を支えてくれていたのは、母国でテレビの前で応援してくれている家族や友人たちだった。会場にいながら、僕は彼らをそばに感じていたんだ。ドラマチックな物語の裏には、いつだって大切な人々の存在があるんだよ。

Translated by Masaaki Yoshida

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