トランプ政権内におけるセックスと暴力の歴史

Tim Dickinson | 2018/03/09 08:00

| . (Photo by Chip Somodevilla/Getty Images) |


2000年
メイプルズは、“愛すべきトランプの嫌な面”に関する“真に迫る裏話”を明かした暴露本『All That Glitters Is Not Gold』の出版を発表。「大富豪と結婚したいと思ったことのある人へ。マーラが、辛辣かつ冷酷な誠実さでその夢を打ち砕く」というコピーが添えられた。

2002年
メイプルズによる暴露本の出版が中止される。ニューヨーク・タイムズ紙のインタビューに答えたトランプは、暗に「彼女は機密保持契約に署名している(から出版できない)」と言いたかったようだ。

2003年
ロブ・ポーターがコルビー・ホルダネスと結婚。ホルダネスによると、彼の暴力はカナリア諸島へのハネムーンから始まり、ポーターは彼女の太ももを蹴ったという。(ポーターは、一連の“いわれなき暴力疑惑”を“ただの嘘”とし、これらの“卑劣な主張”は“仕組まれた誹謗中傷キャンペーン”の一貫であるとしている。)

※ロブ・ポーターは、トランプ政権時に秘書官になるが2018年2月に辞任。

2005年
トランプがメラニア・クナウスと結婚。

ポーターが、イタリア・フィレンツェでの休暇中に、ホルダネスを殴ったとされる。「それまで彼はいつも、あざが残らないように私を殴っていたわ」と彼女は最近、ザ・インターセプトに語っている。「彼は私をベッドへ押し倒し、顔を殴ったの」

トランプはハワード・スターンに、自身の主催する美女コンテストの出場者をよくのぞき見していたことを自慢した。「俺がコンテストの主催者なんだから、監視していたんだ」とトランプは言う。「服を着ていない彼女たちがそこにいた。素晴らしいプロポーションの女たちだ。俺はよくそんなことをしていた」

トランプはテレビ番組『アクセス・ハリウッド』の収録中に、「スターになれば何でも許される。何でもできるんだ。女性のアソコを掴んでもいい。何でもありさ」と自慢した。

トランプ・タワーでトランプは、レイチェル・クルックスに無理やりキスしたという。当時ビルの受付係をしていた若き彼女は、エレベーターの所で彼に自己紹介した後、口にキスされた。「とても酷い行為だった」とクルックスは言う。「私がそんなことをしてもいい人間だと彼に思われて、とてもショックだったわ」(トランプはツイッターで反論している。「そんなことはしていない! 監視カメラもある公共の場で誰がそんなことをするだろうか。またもや嘘の告発だ」)

ピープル誌のレポーターであるナターシャ・ストイノフは、トランプの結婚生活1年目の取材のため、マー・ア・ラゴ(トランプの別荘)を訪れた。別荘内を案内している最中にトランプは彼女を自室へ連れて行き、「彼はドアを閉め、私が振り返るとすぐに彼は私を壁へ押し付け、無理やり口に舌を入れてきた」とストイホフは後に書いている。(トランプの広報担当はピープル誌に対し「こんなことは起きていない。こんなでっちあげに何のメリットも信憑性もない」とコメントしている。)

2006年
3月
メラニアがバロンを出産する。

6月
トランプが、プレイメイトのカレン・マクドゥーガルと9か月に渡る不倫を始めたとされる。(ホワイトハウスの報道官は後に、この件は“フェイクニュース”であり、トランプは“マクドゥーガルとは関係を持っていないと言っている”とのコメントを発表した。)

7月
トランプは、ストーミー・ダニエルズ(本名:ステファニー・クリフォード)に、彼のテレビ番組『アプレンティス』への出演をほのめかした後で性的関係を持ったとされる。ニューヨーカー誌によると、タホ湖で行われたゴルフトーナメントの際の出来事だという。「彼はベッドに座り、私を誘っているようだった。私は“うわ、始まるのね”って感じだった」(ホワイトハウスは本件を否定している)

2007年
ビバリーヒルズ・ホテルでのビジネス・ミーティングの最中トランプは、サマー・ザーヴォスにキスし、胸を掴み、自分の性器を押し付けたという。彼女は番組『アプレンティス』の元出場者だった。(トランプは“嘘だ。証人もいない。何もない。全部大きな嘘だ”と否定している。ザーヴォスは名誉毀損でトランプを訴えている。)

2008年
ロブ・ポーターとホルダネスが離婚。

2009年
ポーターは、ジェニー・ウィロビーと結婚する。彼はハネムーン中に彼女を“尻軽女”と呼んだと、ウィロビーは彼女のウェブサイトに書いている。

2010年
2月〜3月
ウィロビーはロブ・ポーターと別居する。

6月19日
ウィロビーはポーターに対する裁判所命令を得た。「私は警察へ秘密保持命令を求めました。私が家の中から鍵を掛けた時、彼は玄関のガラスを叩き割ったのです」と彼女は書いている。それでもなお結婚生活は続いた。「家庭内では暴力が密かに横行していました。脅威は私個人に向けられていました。本当に恐怖でした。それでも私は残ったのです」と彼女は書いている。

2013年
ウィロビーとポーターが離婚。

2014年
ロブ・ポーターが、オリン・ハッチ上院議員の首席補佐官に任命される。

Translated by Smokva Tokyo

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