田中宗一郎と宇野維正が語る2017〜2018年の洋楽シーン前編

Toshiya Oguma | 2018/02/10 14:00

| 2017年にトラップ旋風を巻き起こしたミーゴス(Photo by Kevin Mazur/Getty Images for Philymack) |


いまや大方のアーティストは、旧来の権威に評価されることなんて眼中にない。(田中)

─盛り上がってきたところで、ここからは本国USのRS年間ランキングを参照しつつ、より海外の動きを掘り下げていきましょう。ちなみに、このランキングについてはどんな印象をもたれましたか?

1『. DAMN.』ケンドリック・ラマー
2『メロドラマ』ロード
3『ソングス・オブ・エクスペリエンス』U2
4『レインボー』 ケシャ
5『アメリカン・ドリーム』 LCD サウンドシステム
6『American Teen』カリード
7『レピュテーション』 テイラー・スウィフト
8『ヴィランズ』 クイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジ
9『Culture』ミーゴス
10『スリル・オブ・イット・オール』サム・スミス
※11位〜50位はこちら

田中 きちんと役割を果たしたものだと思います。各ジャンルのレフトフィールドな作品やアンダーグラウンドな動きもきちんと目配せしているし、その上でチャートには従来の伝統的なアルバムを中心に揃えている。これがあれば、日本の媒体が用意したチャートなんか別に見なくていいんじゃないかな。自分もやってるサイン・マガジンは別だけど。

宇野 (笑)。

田中 アメリカ東海岸ではなく、もう少し気持ちに余裕のある西海岸的なリベラルの視点だと思います。北米のパースペクティブからしか見えないもの――カントリー寄りの作品でも新しいものをしっかり配置してたり。まずはこのチャートから独自に枝葉を拡げていけば、かなり有益な地図になるはず。

─1位はケンドリック・ラマーの『DAMN.』。他の媒体でも軒並み絶賛されている印象です。


ケンドリック・ラマー『DAMN.』

田中 このアルバムが(内容的に)圧倒的だったのは間違いなくて。そのうえで今のストリーミング主体の時代にもアルバムという形式が成り立つというのを示したこと、これも大きい。だから、いろんなことを鑑みるに、2017年はケンドリックの一人勝ちだと言って、ほぼ間違いない。2位以下との開きはかなり大きいんじゃないかな。

宇野 ただ、『DAMN.』は確かに素晴らしいんだけど、主要音楽メディアの年間ベストとかグラミーのような、言ってみれば権威が評価しやすい形を用意したアルバムでもあって。裏を返せば“獲りに行った”作品とも言い換えられる。それで実際に獲れることはカッコいいし、アメリカにおける黒人の地位向上という意味でも価値はあるんだろうけど、すべてのラッパーが『DAMN.』みたいなアルバムを作るべきかといえば、まあ、実際にはそう簡単には作れないわけだけど、別に目指す必要もないんですよね。チャンス・ザ・ラッパーあたりは2018年にそこを目指してそうだけど、例えばグラミーにアーティスト側から背を向けてるフランク・オーシャンやドレイクが今後“ザ・アルバム”みたいな作品を作るかどうかも分からないわけで。ケンドリック自身だって、次の作品は分からないですよね。

田中 うん、分からない。

宇野 今度のグラミーでいうと、ジェイ・Zがケンドリック以上の数で、最多ノミネートされていることもそうだけど、それはラップがメインストリームになったことの象徴であるのと同時に、彼らがグラミーにもわかるような作品を作ったからという側面が大きい。

田中 確かにそう。もう大方のアーティストは旧来の権威に評価されることなんてまったく眼中にない。それが完全に顕在化したのも2017年だったと思う。だから、アルバムという単位で1年を総括するのが本当に難しい時代になってしまった。作家もリスナーもそういう尺度で音楽を聴いていないから。特にラッパーはそう。

例えば、グッチ・メインなんて年間何枚もアルバムやミックステープを出す。しかも、ロック・バンドが例え全米初登場第1位を取ったとしても3週間でトップ200から消えていくのに、彼のレコードはずっと聴かれ続けてチャートに残っている。かたや、ヤング・サグはこれまでミックステープを十何枚も出していて、去年だけでも4枚のミックステープ、それ以外にもYouTubeだけの新曲を出したりしているのに、正式な1stアルバムになるはずだった『Hy!£UN35』(ハイチューンズ)は結局作らなかった。それを(所属レーベルの)300エンターテイメントの社長、リオ・コーエンに説教されている動画があるんだけど、「お前は死ぬほど曲を作ってるのに、なんで『Hy!£UN35』を出さないんだ!」って。

宇野 そうなんだ(笑)。


ヤング・サグ『Beautiful Thugger Girls』

田中 で、その代わりに2017年ようやくヤング・サグが作ったアルバムが『Beautiful Thugger Girls』。そこではカントリーとかフォーク、レゲエをやってて。トラップで重要だった1拍目のサブ・ベースを使わないとか、すんごい新しいことをやってるんだけど、誰からも「何これ!?」と言われるような作品で。かと思えば、カーネージってEDMのプロデューサーとEPを出したり。その後には長年仲違いしてきたフューチャーとのダブルネームで『Super Slimey』を出したり。キャリアや名声を構築しようとする意志がどこにも見当たらないんですよ(笑)。



宇野 実はこういう動きは音楽だけじゃないんですよ。『ストレンジャー・シングス』の監督のダファー・ブラザーズは、『僕たちは映画なんて撮らない』って公言している。今はNetflixのTVドラマこそが、自分たちのクリエイションにとって最も優れたフォーマットだからって。映画の世界にはアカデミー賞やカンヌのパルムドールみたいな分かりやすい権威があるけど、彼らはそういうのに興味がない。今の環境でお金もクリエイティブもちゃんと回ってるし、わざわざ名誉や権威を得るために活動の仕方を変えたりしない。ストリーミング文化の普及によって、そういう“名よりも実を取る”表現者があらゆるジャンルで増えているんですよね。

─なるほど。

宇野 ケンドリックが『DAMN.』でやろうとしたのは、カニエ・ウェストがグラミーの主要賞に敗れ続け、昨年フランク・オーシャンが上から目線のグラミーの態度にブチ切れて『Blonde』を候補作品として提出しなかったことを踏まえたうえでの、完全勝利だと思うんですよね。そういうグラミーとブラック・ミュージックの長年のねじれた関係も背負いつつ、そこで積年の恨みを晴らすみたいな。そこが彼のヒーローたる由縁なんだけど。その一方で、2017年自分が一番聴いたラップのアルバムは『DAMN.』ではなくて、フューチャーの『Future』なんですけど、そういう人は世界中にたくさんいる。

田中 カニエ・ウェストがグラミーやVMA(MTV VideoMusic Awards)みたいな権威を批判したときに、「でもキッズが圧倒的な数で一番聴いてるのは、フューチャーの“March Madness”だろ?」って言ったことに象徴されてるよね。

宇野 でも、2017年はフューチャーもヤング・サグとのダブルネームも含めると3作アルバムを出していて、フィーチャリングされた曲まで入れたらもう数えきれないほど。そうやって、作品を出し続けて金を稼ぎ続けながら権威や名誉に背を向けるというのは、とても2017年的、つまりトランプの時代のラッパー的な態度といえる。

田中 だから、ラップってことで十把一絡げにされては困るんですよ。ロックと同じで、どれも千差万別なんです。例えば、ケンドリックとフューチャーを比べた時に、リリシストとしては圧倒的にケンドリックが上。でも、独自の、誰にもやれないフロウをいくつも持ってるという意味では、フューチャーは圧倒的なんですよ。ドラッグやファッション、恋愛のことしかラップしないんだけど、この人のフロウはもう尋常じゃなくて。俺とかのレベルだと、どう刻んでるのか、さっぱりわかんないんですよ。

“フロウが新しいからなんだよ?”って思われるかもしれないけど、聴こえ方のフィーリングがまったく違う。ここ2年で俺がJ-POPを聴けなくなったのは、メロディのフロウが30年間も停滞してるから。“音楽で表現できるフィーリングって、その程度しかないの!?”と思っちゃう。

宇野 本当にそうですよね。

田中 例えば、カルヴィン・ハリスの「Rollin」のヴァースの最初で、フューチャーが歌ってることなんて、“俺が履いてるパンツの右足のLOVEの文字/グッチだよ/どういうことかわかってんの?”みたいな話なのね。でもフロウが刺激的だから、あのパートだけでも何十回聴いたかわからないくらい。フューチャーを聴くと声以上の楽器はないってこと痛感させられる。この3年間、フューチャーとヤング・サグはホント聴いたな。



宇野 そのフューチャーがグラミーに全然ノミネートされてないし、RSのチャートにも入ってない。だって、2017年最も多くの人に歌われた曲といえば、ルイス・フォンシ&ダディー・ヤンキーの「Despacito」とフューチャーの「Mask Off」でしょ?

田中 まさにその通りで。世界中のサッカー会場で「Despacito」の替え歌がチャントになって大合唱になるのが現象化しちゃったのもそうだし、今のポストEDMのDJは誰もがトラヴィス・スコットの「goosebumps」やフューチャーの「Mask Off」をかける。すると、フィールド全体が凄まじい大合唱になる。むしろ一番盛り上がるのは彼らの曲なんだよね。



宇野 この間、アフリカのジンバブエの高校ラグビーの試合で、高校生たちがブラスバンドで「Mask Off」を演奏すると、男の子も女の子もスタンド全員が大合唱し始める、その様子を収めた動画がYouTubeに上がっていて。それ見てたら感動で思わず泣いちゃったんだけど。リリックの内容とか本当にドラッグのことだけのどうしようもないものだけど、世界的な流行歌としてもはやいろんなものを超越しちゃってるんだよね。

RECOMMENDED

おすすめの記事