午前4時ころ、シーランは階上に走っていって、ギターを抱えて戻り、キッチンテーブルの椅子に腰掛ける。そして、そこから2時間、彼は延々と演奏し続けるのだ。これは彼一人でプレイするスタジアム・コンサートよりもかなり親密なライブだ。伴奏はアコースティックギターとループペダルだけ。今夜、彼はアルバム『÷』の収録曲以外にも、将来のアルバムに収録するつもりの未発表曲すら惜しげもなくガンガン披露している。さらにリクエストまで受け付けるのだ。No.1ヒットとなったジャスティン・ビーバーとの共作「ラヴ・ユアセルフ」に至っては、「ほら、『ラヴ・ユアセルフ』ってさ、元々は『ファック・ユアセルフ』だったからね」と冗談を飛ばしてから、ファック・ユアセルフ・バージョンをプレイする念の入れようだ。
一言で言えば、これはシーランが生まれ持った才能だ。彼はオールドスクールな吟遊詩人とトップ40の腕を持った音楽職人なのだ。喫茶店のオープンマイクの夜を台無しすることもできる上に、現存するソングライターの中で最もポップスを理解している男でもある(彼はラップも驚異的に上手い)。彼のファンはほとんどが10代の少女たちだが、2011年に自分の事務所にシーランを引き入れたエルトン・ジョンなどの実力者をも納得させる名うてのテクニシャンでもある。「彼は本当にシンプルなメロディを作ることができる」とエルトン・ジョン。2016年のグラミー賞で最優秀楽曲賞に選ばれた「シンキング・アウト・ラウド」を指してそう述べ、「ヴァン・モリソンにあの曲が作れていたら、かなり自慢気になっただろうな。エドを見ると、1970年に初めてアメリカにやってきた自分を思い出すね。万事準備完了で、不可能なことなど何もなかった。今、残念に思うことは、誰もがエド・シーランに聴こえることだ。ショーン・メンデス然り、ジャスティン・ビーバー然り……」
「ごめん、ちょっと酔っ払っている」と、新曲をミスした後で謝るシーラン。演奏を中断して、葉タバコを巻いてからピザを温める。そして、再び椅子に座り、アルバム『÷』収録のフィンガーピッキング・スタイルのワルツ曲「パーフェクト」を演奏し始めるのだ。最近彼が作る曲同様、この曲も恋人チェリーのことだ。彼女とは高校時代に知り合い、ニューヨークのライブ後の打ち上げで再接近した。彼らの付き合いは1年間内密にされていたが、テイラー・スウィフトがロードアイランドで開いた7月4日の独立記念日パーティに招かれた彼らが、付き合って1年を祝っている写真を、友だちの一人がインスタグラムにアップしてしまったのだ。
「秘密なんかよりも支えたい愛を見つけたよ/ダーリン、僕にはもったいないよ、今夜の君は完璧さ」とシーランは歌う。
「涙腺が緩んじゃう」とキャサリンが言う。
「じゃあ、涙腺緩ませ系の曲をもう1曲やってみるよ」とシーランが言う。
「お願い、やめてよぉ!」とキャサリン。
シーランは立ち上がって、ジントニックをもう1杯作って言う、「みんな、楽しんでる? 俺はいい感じだ」
朝6時になる。もう寝る時間だ。
インタビュー当時「この先もずっと僕のそばにいる人が彼女だよ」と語っていたシーラン。その後、現地時間2018年1月20日、自身のInstagramで婚約を発表した。2016年の初め、シーランとチェリーはアイスランドの火山へ旅行した。そのとき、シーランは道から外れないようにというガイドの指示を無視したのである。沸騰する間欠泉に近づこうとしたそのとき、彼の真下の地面が崩れ、90℃を超える熱湯の中に両足が落ちた。その時、チェリーは生まれて初めてシーランの叫び声を聞いた。彼女はシーランの靴下を引き裂いて脱がせたが、その時足の皮膚も一緒に剥げてきた。「今でもあのトラウマがストレスになっている」とチェリーが言う。緊急を要したシーランは空路で病院へと運ばれた。