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ジョンとヨーコのヌード表紙、米大統領選取材など、RS誌にまつわる10の真実

Rolling Stone | 2018/01/08 13:00

| Bettmann / Getty Images |


3. ローリングストーン誌はライターを長い目で見てくれる

読者の興味が持続する時間がみるみる短くなっていくのは、Twitter世代には当たり前のこと。しかしこの現象は、昨日今日始まったものではない。「若者世代の興味が持続しないと言われていた時代にローリングストーン誌は、エンドレスな特集記事の掲載を始めた」と、70年代から同誌のライターとして記事を書き始め、自らもいくつかの特集記事を担当したトム・ウルフは証言する。さらに、ウルフが1回あたり5500ワード以上で連載を始めた物語は、後に『虚栄の篝火(原題:The Bonfire of the Vanities)』として映画化もされた小説となった。

「ローリングストーン誌は、チャンスと裁量を与えてくれた。ロード・バックリー(訳註:20世紀前半に活躍した米国の舞台俳優・歌手)の言葉を借りれば、地球の広大な大地の上で跳びはねて踊っているようなものさ」とハンター・S・トンプソンは言う。「そんな扱いをしてくれるところは滅多にない」

4. ハンター・トンプソンのおかげで、重要な政治的オピニオン誌としての地位を確立できた

1972年の大統領選再選へ向けたリチャード・ニクソンの選挙活動を取り上げたトンプソンの取材記事は、型通りのつまらない政治ジャーナリズムから脱却する特集だった。「我々は、2億2000万人の本当にただの中古車セールスマン国家で、すべてのお金は銃を買うために費やされ、自分の気に入らない人間を躊躇なく殺す。この国で大統領になるには、どれだけ身を落とせばよいのか?」

トンプソンの連載は、後に『Fear and Loathing: on the Campaign Trail ’72』として出版された。

彼の執筆活動は常に順調という訳ではなかったが、ローリングストーン誌は彼が書き上げるまでに必要なサポートを与えた。「私は締め切りというものに関して扱いやすい人間ではない」とトンプソンは認める。「私が3、4日間姿を現さないと、ローリングストーン誌のスタッフは“これしかない”という実に論理的な行動に出た。ある午後、彼らは予告なしに家に押しかけてきて、どっさりと差し入れを置いていった。メキシコビール2ケース、ジンを5リットル、グレープフルーツの山、そしてスーパーボウル6回分の結果を覆すに十分なスピードを持ってきたんだ」

5. ロック・イズ・デッド 1974年版

ローリングストーン誌の創刊から10年も経たない70年代、既に読者の興味の持続性が問題となり、ロックは昏睡状態を宣告されていた。「ロックはこれまで以上に人気が出ている。しかし社会的なインパクトは全く失われてしまったようだ」と、ライターのジョン・ドーランは1974年に述べている。「カントリー、ジャズ、ストレートポップの要素をユニークな方法で採り入れ、10年前と比べてロックは幅広い音楽になっている。しかしそれでも私には、均一化してしまったように聴こえる。今のロックの大きな欠点は、イマジネーションの欠如だ」

「ロックンロールはもはや誰をも解放しない。ただのバックグラウンドミュージックだ」と、ジャーナリストでライターのロバート・サム・アンソンは言う。「ロックはもう尖っていなし、革命的でもない。ただの巨大産業の一つでしかない」
Translation by Smokva Tokyo

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