『3月のライオン』後編:大友啓史監督が分析する神木隆之介の魅力

By RollingStone Japan 編集部
大友啓史監督が分析する神木隆之介の魅力:『3月のライオン』後編。(C)2017 映画「3月のライオン」製作委員会

—そんな子羊の皮を被ったライオンの神木さんは、どのように桐山零という役を捉えていたのですか?

神木:確かに最初はおとなしい子羊のイメージでしたが、原作を読んで役作りをしているうちに、「零は子羊ではない」と気づきました。プロ棋士として盤に向き合う。そのような吹き飛ばされない力がある人なんです。

それに、零は原作でも表情がとても豊かなんです。"それではなぜ最初に静かなイメージを持ったのだろう"と考えると、それは彼が醸し出す孤独の影響なんです。そこから儚かさや静けさを感じていました。

どれくらい話せばいいのか、どれくらい笑えばいいのか。思い描いているだけではなくそれを表現する時の、その微妙な塩梅は難しかったです。その時はアニメも放送してなかったですし、零がどのような声で話すのか、どのように泣くのか。そのような人物に落とし込む作業はとても難しかったです。


(C)2017 映画「3月のライオン」製作委員会

—前編は原作に忠実に沿った形で進行しますが、後編では原作ファンにとってもまだ見たことのない景色が広がっていきますよね。原作の先を描くにあたり、監督はどんな筋道を考えていたんですか?

大友監督:漫画って、本筋のストーリーからそれて、脇のエピソードで脇のキャラクターを立たせる回など、色々な武器、攻め方ができるメディアだと思うんですよ。連ドラに近い要素があるけど、物語性が薄まることも時として許されるし。でも、映画という2時間の尺で一気に見てもらうとなると、主人公の心の動き、流れを描くために、一つの線路を作らないといけなかった。

零は小学校三年生の時に家族を亡くし、身を寄せる場所もなくて、家族を亡くした悲しみも麻痺するくらいに心細い思いをしていた。そこにプロ棋士の幸田が登場して、「君は将棋好きか?」と聞いてくる。家族として受け入れてもらうために、零は「はい」と嘘をつく。この物語のスタート地点はそこだと思うんです。

なので、彼のその「はい」と言った時の気持ちが、どこかに着地するというのを物語の縦軸にしたかったんです。"嘘から真が出る"じゃないけど、"将棋、好きかもしれない"と晴れやかな気持ちで思えるまで、零が這うように少しずつ前に進んでいくドラマなんです。何かドラスティックなことが起こるわけじゃなくて、零が小さな一歩を進むだけの話。人類にとっては小さな一歩でも、彼にとっては大きな一歩なわけですよ。


(C)2017 映画「3月のライオン」製作委員会

原作のいいところは、零の成長に関与しない無駄なキャラクターがいないことなんです。物語に登場するメインのキャラクターたちは、零の成長を担う役としてだけじゃなくて、きちんと彼ら固有のバックグラウンドもある。彼らは零に影響を与えようとして生きてるわけじゃなく、彼らには彼らの物語がある。
作り手のご都合で物事を運ばない、それってすごく大事なことなんです。

だから人物たちがこの物語を語っていく、そういうことに極めてストイックに脚本づくりをしてみたんですよ。映画というメディアが語るんじゃなくて、登場人物たちの語りで物語を語る。そういう意味では、今回の脚本づくりは数学的でした。どのキャラクターをどこにどう効率よく配置していくか。その数式を解くのには時間がかかったけれど、数式が解けてからは早かったですね。これだけ原作が完成されてると、原作に寄りかかるたくなる時もあるんだけど、やはり漫画と映画ではメディアとして時間の積み重ね方が違うんです。

零ってすごく孤独だけど、生身の人間として見てしまうと、「この歳で年収700万も稼いで、一人暮らしして、こいつ恵まれてるな。幸せじゃないか」って思われちゃうんですよ。普通、17歳って何をやりたいかわからなくてもがいてる時期。俺も17歳の時は、何がやりたくてわからなくてあくせくしてもがいてましたよ。零は天才の孤独、親を早くに亡くした人にしかわからない孤独を抱えているけど、そこをどう積み重ねていくかに焦点を置きましたね。

神木:撮影の途中から、桐山零というキャラクターは"固定されてない"と思ったんです。僕らも生きていて、例えば友達と話す際に、人によって接し方や話し方が違ったりすることがあると思うのですが、零も人によって色々な距離感、話し方、声のトーンでそれぞれの人物と適度な関係性を保っている。それが人間らしいのかなと思った時に、少し楽になりました。
Interview by Sahoko Yamazaki (RSJ)

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