中野雅之が語る、BOOM BOOM SATELLITESの20年

By Joe Yokomizo
BOOM BOOM SATELLITESの中野雅之が20年間を語る

―BBSのリリースの歴史は1997年に始まるわけですが、Windows95という言葉があるくらいですから、ちょうどインターネット時代、SNS時代の幕開けと共に始まったバンドなんですよね。
 
そうですね、デビューした頃にmixiとかも出てきたかな。
 
―だからある意味、なんでも並列に置かれてしまう時代であり、昨日作った音楽が古くなってしまうビートミュージックというジャンルにいるという、一番消耗されてしまう可能性の高いところで凛と残っているのは、楽曲のクオリティの高さだけでは語れないすごい奇跡だったのかなぁと。
 
まあ、根性でしょうね(笑)。約20年の間に、シーンのトップに立ったかと思えば、急にアンダーグラウンドに行ってしまう人がいたり・・・結局、それぞれの場所で過ごしていて、誰が勝った負けたでもないと思うけど、自分たちが音楽活動を続けるために歯を食いしばってやってきたというのは確かです。
 
―今回の特典映像の中で中野さんが"僕と川島君のやってきた何かがここに詰まっていると思います"みたいなことを仰っていたと思うんですが、それはつまり、音だけではなくて、その歯を食いしばっていたものの残像も楽曲には詰っていると?
 
それは客観的にはわからないですけど。いつからか"クリエイティヴな作業をするときの苦痛は音楽の作品からは感じ取れないようにしたい"というふうに思うようになっていたんです。ただ、どっちにしたって僕と川島君がやることだから、僕のありよう、川島君のありようがにじみ出てきて当然だと思うし、それが楽曲とか作品の魅力を邪魔したりとかすることは無いと思うし。むしろそれが魅力的なものというか、作品を後押しするものだったんじゃないかなって、そう思いたいですね。
 
―ベスト盤を通しての印象ですが、最初の10年間の作品を収録したDISC1、2のアタックティヴなサウンドに対して、08年以降の曲を収録したDISC3、4では壮大な抜け感みたいなのがあって、サウンドに無限の広がりを感じると同時に、川島さんの声とかヴォーカルもそうした無限の空間に呼ばれているように感じました。その変化というのは?
 
それはやっぱりバンドの歴史だと思います。川島君の人生の変化もバンドの変化と結びついているけども、外的な要因もやっぱりあって。震災があったのも、ひとつの大きな転機になったし。ただ、川島君が病気じゃなかったとしたら、またぜんぜん多分違うバンドの歩みがあったんだろうと思いますね。僕は惰性で続けることが出来ない性格の人間なので、つねに違う魅力を、違う意義を見出ださないとって考えていた。川島君ってすごい寂しがり屋で、解散みたいな"別れ"がとにかく嫌な人だったんです。そうなると僕は"バンド解散という別れをしたくないんだったら、次に何やるか考えないと! 俺は同じもの作りたくないから"って川島君にすごい突きつけることになるんですね。"今、何考えてる?""おまえ今、何歳?""何したい?"って、すごい問い詰めていたと思います(笑)。
 
―でしょうね(笑)。ところで、DSIC3、4の曲順はどうやって決められたんですか?
 
何も考えていないというか、そんなに作為はないです。ただ、『LAY YOUR HANDS ON ME』をどこで聴かせるかはすごく大事だなと思っていました。例えば中盤ぐらいに聴かせると、むしろ作為を感じそうだなと思って。言うなれば川島君はこの曲で旅立ったようなところもあるんで、スパンって最初に聴かせちゃっていいんじゃないかなって。
 
―最後の曲は『NARCOSIS』ですが、この曲はBBS最後の作品『LAY YOUR HANDS ON ME』の最後に収録されている曲であり、川島さんが息を吸いこむ音で終わるんですが、これで締めるというのにもやっぱり特別な意図が?
 
僕にとってあの音は川島君を近い場所でリアルに感じる音なんです。どうしても喪失感っていうのは僕にもファンにも当然あるので、聴き方によってはドキっとすることもあるかもしれないし、いろんな感じ方があると思うんですけど、実際はシンプルに音の面白さですね。いろんなところに一瞬で連れていかれる。
 
―そうですね。ほんの1、2秒の音だけで何かを喚起するっていうのはすごいですよね。
 
そうなんですよ。一般的に音楽と言われているもの、つまり多くの人にとってのポップスですね。それはイントロがあって、平歌あって、ヴァースあって、コーラスあってっていう楽曲の構造のことなんだけど、それを音楽の全てだと思っている人が多いわけじゃないですか。でも、アカデミックな視点で言えば、音の断片だったり、ノイズだったり、芸術としての音というのもある。そんな中で、このバンドでは"音"というもの自体の面白さを伝えていきたいところが一貫してあったので、精神作用としてのトリップ、違う場所にトランスポートさせられてしまうような音のマジックみたいなものを体験させたいと。
 
―まさにそれは僕もBBSの音楽に対して思っていたところです。BBSの魅力の1つは、さっき仰っていた根性みたいな、実はものすごく人間臭い部分です。それともう1つはやはり、音という表現への圧倒的なこだわりです。このある意味真逆な2つの要素が『NARCOSIS』の最後の音に凝縮されていて、その音をもって活動が終わるというのもすごいなぁと。
 
ただ実験を繰り返すような研究者的なアーティストでいることを拒んでいるところがあるし、その一方で、ただポップスのフォーマットの中で受け入れられることだけを追求していくことも拒んでいて。結局のところ、どっちも好きなんですよ。ポップスにすごく感動させられることももちろんあるし、音の可能性をストイックに掘り下げてくれるものもやっぱり好きですし。
 
―そこが20年一貫して変わらない、普遍性の部分なのでしょうね。
 
やっぱり年齢とともに、クリエイティヴ自体のモチベーションが下がる人が多い気がするんです。"アルバム出ました!"って言われても、"聞かねーよ、そんなもん"っていうことになっちゃう人やバンドが多い。でも、絶対自分はそんなことにはなりたくないと思っていて。川島君もそうだったと思うんだけど、最後の2年、3年は、あと何曲作れるか、アルバムをフルで作ることは出来るのか、という状態だったから・・・でも、不謹慎だと思われても仕方ない言葉ですけど、それってすごいスリリングで、エキサイティングでもあったんです。ずっと緊張していたし。悲しいとか、残念だとか、悔しいとか、そういうのは当たり前にあるんですけど、"これをどう、その作品に落とし込むか"とか、"川島君の人生をどう終わらせることができるか"とか、そういうことを毎日考えていました。まあ、後にも先にもそんな経験をすることはないだろうし本当に、貴重な経験をしました。だから、これは誇りですね。


 
―考えてみたらBBSというバンドはずっとそうしたスリリングな環境に身を置いていたんですね。
 
そうかもしれないです。デビューの直前に、川島君が脳腫瘍になったわけなんで。それで川島くんは甘ったれたこというわけです。生きるか死ぬかみたいなことを言い出して大喧嘩になったこともあった。親がどうのとかいろいろぐちゃぐちゃ言い出したんですよ。だから"やっぱ、どう生きるかを考えないと、親に失礼だよ"って言ったんです。"生きるなら何をするか"というところからデビューしている、そんなバンドいないですからね(笑)。だからこれからバンドをやってみようとか、自分もアーティストになってみたいという人には参考にならないですね(笑)。
 

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