ダルデンヌ兄弟『午後8時の訪問者』は、ポピュリズムに対するアンチテーゼ

By RollingStone Japan 編集部
ジャン=ピエール・ダルデンヌ/リュック・ダルデンヌ。(C) Christine Plenus

—映画でしばしば描かれる医師という人物像は、プライドが高く高慢、もしくは情にあふれた英雄的な人物として描かれることが多いですよね。ジェニーはそういったステレオタイプではありませんが、主人公を医師という職業に設定した理由とは?

ジャン=ピエール:この映画の企画を考える前から、医者の物語を描きたいとは思っていたんだ。普通は医者というのは命を守る、つまり"死"を遠ざける人間だよね。そこで、"扉を開けなかったために誰かが命を落としてしまった"という設定を作ることで、この作品で描きたい重要なポイントを浮き彫りにできると思ったんだ。例えば靴屋や建築家よりも、医者なら"あの時、扉を開ければ命を助けられた"と強く思うんじゃないだろうか。それによって医者というステレオタイプも崩せると思ったんだ。

医師という職業は学校の先生みたいな、どこか天命を受けて目指すような職業だと思うんだ。宗教性のない聖職者とでも言うのかな? お医者さんになら何でも話せるような側面もあるよね。それに医者というのは苦しんでいるときに必要な存在だから、子供が母親を呼ぶときにも似ている。実際どうかは別として、お金のためにやるような仕事ではない。


(C) LES FILMS DU FLEUVE - ARCHIPEL 35 - SAVAGE FILM – FRANCE 2 CINÉMA - VOO et Be tv - RTBF (Télévision belge)

ジェニーが聴診器に耳を当てるシーンが何度か描かれるけど、医者というのは人の"耳"になるべき存在。彼らは患者の体の調子が悪いところを注意深く聞くことによって、その人の内面を知る。そうやって人の声に耳を傾けて、その人物を探っていくんだ。この物語でも、ジェニーが人の心を"聞く"ことで、名もなき少女への道筋が見えてくるという描き方をしている。

シナリオを書く時も、知り合いの女医に何度も電話して詳細を調査したよ。撮影現場にも来てもらって、アデルの医者としての所作が正しいかどうかも見てもらった。アデルは撮影前にも彼女のところに修行に行っていたしね。それくらいリアリティにはこだわったんだ。

—「あのとき、もしもあの扉を開けていたら」という物語ですが、お二人にも「あのとき、ああしていれば」みたいな経験があったのでしょうか?

リュック:そうだね、後悔したくなるようなことって人間誰しも経験あるよね。この映画のような死に結びつく事態は、これまでの僕の人生にはなかったけどね。だから、何かそういう経験があってこの映画のシナリオを書いたというわけじゃないんだよ。

—今作では、移民という社会問題を織り交ぜながらも個人の葛藤にフォーカスし、スリリングにドラマチックに物語を描き出していますよね。そういった手法がお二人の作品の魅力だと思います。

リュック:世界的に見ても、移民問題は日に日に大きくなっていってるよね。グローバル化が進み、今は誰でもインターネットを使える時代。ネットを覗けば、自分のいる場所よりもっと素晴らしい世界が見える。ましてや自分の国で戦争が起こっていたら、より安全な場所、より良い生活を望むのは人間として普通の感情だよね。実際、外の世界に出て行けば生活は豊かになるし自由もある。

ただ、今の社会はどこまで移民の人たちを受け入れることができるのか。ヨーロッパでも失業者は多いし、経済的不況は続いている。だから人々は外国の人たちが自国に流れ込んでくることを恐れている。それをうまく利用するポピュリズム的な政治も行われている。複雑な状況なんだ。

だからと言って、そういった問題に目を閉じるのはどうだろう。そこに対して無関心、何も感じないというのは間違っている。この物語の主人公ジェニーのように、"扉を閉じていたがために誰かが死んでしまった"、そういうことが起きた時に、何らかの責任を感じるというのは人間らしいこと。それがこの映画の重要なポイントになっていると思う。
Interview by Sahoko Yamazaki (RSJ)

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