YOSHIKI インタヴュー:X JAPANは挑戦し続ける、灰になるその瞬間まで

By RollingStone Japan 編集部
YOSHIKI インタヴュー:X JAPANは挑戦し続ける、灰になるその瞬間まで。(C)2016 PASSION PICTURES LTD.
世界への挑戦、メンバーの脱退、バンドの解散、HIDEとTAIJIの死、Toshlの洗脳。壮絶な"痛み"を音楽で乗り越えてきた、彼らの挑戦の軌跡。ドキュメンタリー映画『WE ARE X』は、米マディソン・スクエア・ガーデン公演の舞台裏に密着しながら、結成後30年以上に渡り生み出されてきたX JAPANの壮絶な歴史を紐解いていく。

1982年、その個性的なヴィジュアルと音楽性で日本の音楽シーンに衝撃を与え、社会現象を生み出した伝説のバンド、X JAPAN。近年では米ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデン、カーネギー・ホール、英ロンドンのウェンブリー・アリーナ公演など、文字通り世界を股にかけて活動するモンスターバンドだ。

バンドの中心的存在であるYOSHIKIの破壊的なドラムと、刹那的な美しさをたたえたピアノの旋律が内在する稀有な音楽性。国内のロックバンドはもちろん、ジョージ・マーティン、マリリン・マンソン、KISSなどの世界的ミュージシャンをも魅了し、これまでに3千万枚以上のシングルとアルバムを売り上げている。

なぜ今、X JAPANの音楽と物語が世界を熱狂させ、共感を呼んでいるのか? YOSHIKIが語った。


(C)2016 PASSION PICTURES LTD.

—本作は、スティーヴン・キジャック監督率いるハリウッドで製作されましたが、本作の映画化はどのようなプロセスだったのですか?

最初、アメリカのエージェントからオファーをいただいたのですが、最初は「無理です」とお断りしたんです。あまりにも悲しみの多い物語なので、正直無理だと思ったんです。でもそれから数年経ち、"僕らの物語で誰かの心を救うことができるんじゃないか?"って思い始めて、それならやってみようかなって考え直したんです。

ただし、「監督とプロデューサーを選ばせてほしい。それ以降は全て任せるので」という条件を出しました。僕は、監督はX JAPANを知らない人がよかったんですよ。僕らのことを知っていると先入観が入るし、そうすると良いインタヴューもできない。日本人の監督でもよかったのだけど、日本人で僕らのことを全く知らない人はいないのではないかと思って。とにかく全く知らない人に撮ってほしかったんです。それで、ハリウッド映画として製作しようという話になりました。実際の制作が始まった最初の頃は僕もぎこちなかったですね。心の扉を一気には開けられなかったので。

—映画化にあたり、つらい記憶を掘り起こす作業は勇気と覚悟が必要だったと思います。"それでも誰かの救いになるなら"という思いが胸のうちにあったのですね。

そうですね。僕は先週までずっとロンドンにいたのですが、監督とインタヴューを受けている時、監督から「この映画を見て自殺を思いとどまったという人からメッセージがあった」と聞いて。その時も、やっぱりやってよかったなと思いました。

—監督がX JAPANの熱狂的なファンじゃなかったことで、X JAPANの歩んできた壮絶な道のりを、誰もが共感できるようなより普遍的な物語として描くことができたのかなと思います。完成した作品をYOSHIKIさんはどのようにご覧になりましたか?

最初は、ほぼ涙で見られなかったんですよ。衝撃が強くて、「え、何だったんだろう?」みたいな。たまたま僕らは音楽家だけど、これはある一つの人生、人間の物語なんだなって、そういうものを感じましたね。
Interview by Sahoko Yamazaki (RSJ)

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