ビートルズ『ア・デイ・イン・ザ・ライフ』知られざる10の真実

By Colin Fleming
(Photo by John Downing/Getty Images)

8. 演奏に参加したオーケストラにアイデアを伝えるのは楽ではなかった

“君を刺激したい”という一節を思い付いた後のことを、マッカートニーは詳しく語っている。「ジョンと僕が顔を見合わせた時、僕らの視線の間に小さな閃光が走った。それは、”君を刺激したい”のように、僕らがしていたことを互いに認めるやり取りだった。それで僕は、よし、この感覚を表現するために、何か素晴らしいものが必要だと思った」。マッカートニーが最初に思い付いたのは、90人編成のオーケストラだったが、最終的には40人編成になった。2月10日、ワーグナーの世界の終わりのようなグリッサンド奏法でレコーディングが行われた。オーケストラ奏者には仮装用のコスチュームの小物――それからプラスチックの乳首も――配られ、雰囲気が和らいだ。ブライアン・ジョーンズ、キース・リチャーズ、ドノヴァン、ミック・ジャガー、マリアンヌ・フェイスフルなどもレコーディングに参加し、浮かれ騒いだ。ジョージ・マーティンは、集合したオーケストラメンバーに手を焼いていた。「よく訓練されたオーケストラは、リーダーに従って画一的で理想的な演奏をする。だが、それは僕が一番してほしくない演奏だと彼らに強調して伝えた」とマーティン。マーティンとマッカートニーは、奏者それぞれができるだけ静かに演奏を開始し、隣の奏者の音に耳を傾けることなく、音楽的なオーガズムに達するように演奏を終わらせてほしかった。「オーケストラ側は、もちろんくだらない冗談、金の無駄遣いだと思っていた」。

9. この曲のレコーディングはほとんど夜間にのみ行われた

『ア・デイ・イン・ザ・ライフ』で、ビートルズはアビー・ロード・スタジオの夜の住人として定着した。スタジオのレンタル料は高額だったが、ビートルズの連続使用時間は群を抜いており、収録にどれだけ時間がかかっても、ほとんどいつも希望する時間を選ぶことができた。1月19日は午後7時半に第2スタジオに集合し、午前2時半まで精を出し、翌日も真夜中過ぎまでレコーディングは続いた。そしてこのパターンは、アルバムのレコーディングが全て終わるまで続いた。レノンが正午前に起床することはほとんどなかったので、アビーロードのスタッフは調整を強いられた。アルバム『プリーズ・プリーズ・ミー』の全体の収録時間が585分だったのに対し、『ア・デイ・イン・ザ・ライフ』には34時間かかった。手が込んでいたのはレノンのヴォーカルで、何テイクもかかった。その理由の一つは、エンジニアのジェフ・エメリックによると、「ジョンは、歌う時にヘッドフォンからエコーを聞いていたんだ。エコーは、後から足したんじゃない。自分の声のエコーでジョンはリズムをとっていた」。

10. 曲の最終コードは3人がかりだった

ビートルズは、象徴的なコード作りの達人だ。『ハード・デイズ・ナイト』のオープニングでもそれは顕著だが、『ア・デイ・イン・ザ・ライフ』の最後のコードに並ぶものはないだろう。そのレコーディングが行われたのは、2月22日の多重録音の特別セッションだった。このカノンのレコーディングが、マル・エヴァンズにとって2度目のビートルズ曲への参加となった。マルとジョン、リンゴ・スターは3台のピアノの前に腰かけ、同時にEのメジャー・コードを叩いた。ぴったり同じ瞬間に鍵盤を叩くのは難しく、成功したのは9テイク目だった。最後が一番うまく合った。それを3回オーバー・ダビングし、9台のピアノを12人で演奏したような効果を出した。エンジニアのジェフ・エメリックが音量調節器を上げ続けたので、レコードからはスタジオの暖房音も聞こえる。今では伝説となったこの曲にふさわしく、その音には終わりがないような持続性があり、途切れることなくいつまでも、いつまでも続いている。
 
Translation by Satoko Cho

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