ビートルズ『ア・デイ・イン・ザ・ライフ』知られざる10の真実

By Colin Fleming
(Photo by John Downing/Getty Images)

3. ロードマネージャーのマル・エヴァンズが、目覚まし時計を”演奏”した

「スタジオに入った時、”24小節休もう。小節のカウントは、マルにしてもらおう”と僕が提案した」と、マッカートニーは記憶している。レコーディングが始まり、ビートルズはこの小節を何かで埋めようとは思っていたが、ドラマチックなクレッシェンドにしようとは思っていなかった。マッカートニーは、「(24小節は)単なるある一定の時間で、非常にジョン・ケージ的な無作為の小節数だった」と続けたが、実はそれは偶然ではない。何しろこの曲は、『ア・デイ・イン・ザ・ライフ』だ。24小節、つまり1日の時間数と同じだ。
「マル・エヴァンズに小節をカウントしてもらった」とジョージ・マーティン。「ピアノの横に立って”ワンツースリーフォー”とカウントするマルの声は、今もレコードから聞こえる。それから彼は、冗談で24小節の最後に目覚まし時計が鳴るようにセットしたんだ。その音も聞こえる。消せなかったからそのままにしたんだ!」。目覚まし時計のいたずらは、マッカートニーの、” woke up, got out of bed(朝目を覚まし、ベッドから飛び起きた)”という場面が始まる完璧なきっかけとして使われた。”偶然性の音楽”の、最高の使い方だった。

4. この曲の三番は、ジョン・レノンが俳優として映画出演したことに触れている

1966年9月、レノンは、リチャード・レスターの『ジョン・レノンの僕の戦争』に出演し、――ロケ中に『ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー』の詞を書き始めていた――「I saw a film today, oh, boy/The English army had just won the war.(今日、映画を見た。英国陸軍が戦争に勝ったという話だ)」という一節を書いた。ビートルズにとって欠かせないアシスタントのニール・アスピナルは、撮影の空き時間にレノンの話し相手をするため、スペインに同行した。『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』時代を象徴する、有名な、レノンがかけていた老婆のような眼鏡は、この映画撮影の時に手に入れた。

5. デイリー・メール紙とレノンの友人のお陰で有名な一節が出来上がった

この曲は、今見ると心地よく筋が通っているが、おそらく当時のビートルズは、日々の出来事を歌ったこの曲が、日刊紙の内容とよどみなくかみ合っていることに気付いていなかっただろう。1月7日、デイリー・メール紙は、ランカシャー州ブラックバーン市の道に空いている穴は埋められるべきだと報じた。「僕らは二人で新聞に目を通し、”ランカシャーのブラックバーンにはどれだけの穴が”のヴァースを書いた。(レノンの)”ラン、カ、シャー”の言い方が好きだったんだ。北の方の発音だ」とマッカートニー。レノンは次の通り語っている。「レコーディングを始めても、一ヵ所言葉が浮かばないところがあった。分かっていたのは、”これで、アルバート・ホールを―(何かする)―ために、どれだけの穴が必要か分かる”という一節になるということだった。全く意味不明のヴァースだったが、どういうわけか動詞が浮かばなかった。穴がアルバート・ホールに何をしたのか?”アルバート・ホールを埋める”ってテリー(テリー・ドーラン:レノンの友人で後にビートルズが設立した会社、アップルの代表を務めた)が言った。それで決まったんだ」。
Translation by Satoko Cho

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