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ローリングストーン誌に見るビートルズ年代史

Rolling Stone | 2017/02/12 13:30

| ローリングストーン誌に見るビートルズ年代史 |


全裸のジョンとヨーコ・オノ
1968年11月23日



創刊から数号の後、ジョン・レノンが『ローリングストーン・インタヴュー』に登場した。表紙には、その年にリリースされたレノンとオノ・ヨーコ(当時はガール・フレンド)との共作アルバム『未完成作品第1番トゥー・ヴァージンズ』をイメージした全裸の2人のヌード写真が使われ、「人と妻は二人とも裸であったが、恥ずかしがりはしなかった」という聖書の言葉が引用されている。インタヴューでレノンは、全裸の写真について臆することなく語っている。「街を歩いている時、トラック・ドライバーたちにヒューヒューと口笛を吹いて冷やかされるのは気持ちのよいことではないさ。でもしばらくしたらそれも収まるよ。僕たちは本当に何も付けずに全裸なのさ。ヨーコと僕に非難を浴びせる奴らは、被害妄想なんだろうと思うようにしている。全く気にしない」。レノンはまた、ボブ・ディランにインスパイアされた楽曲『悲しみはぶっとばせ』や、前年にリリースしたアルバム『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』と『マジカル・ミステリー・ツアー』に収録された楽曲の裏話、他のアーティストによるビートルズ・カヴァー曲の中のお気に入りについて語った。特にレイ・チャールズ版『イエスタデイ』は"美しい"と評価している。

ポール・マッカートニーのソロ活動
1970年4月30日



ビートルズが公式に解散する1年ほど前、ポール・マッカートニーはソロ・アルバム『ポール・マッカートニー』をリリースした。このアルバムでマッカートニーはすべての楽器とヴォーカルを一人でこなし、妻のリンダが数曲でバック・ヴォーカルを務めた。ソロ・アルバムのリリースに合わせ、マッカートニーは『ローリングストーン・インタヴュー』に初登場し、リンダと共に写真に収まった。「ビートルズ初期の頃に、ベース・プレーヤーだったスチュアート・サトクリフが亡くなったので、僕にベースの役が回ってきたんだ。僕としてはいつでもギターを弾きたいっていう気持ちがあったし、このアルバムでそれが実現できた」と、マッカートニーは語った。他のインタヴューでマッカートニーは、「ビートルズとしてもうこれ以上ニュー・アルバムをリリースすることはない。最近ではレノンと口もきいていない」、と明言していた。また、インタヴューの前年にリリースされたビートルズのアルバム『アビイ・ロード』に絡み、「ポールは死んだ」という噂話が広まった。「まったく信じられい話だよ。僕はピンピンしているし、ただその噂話を楽しんでいたよ」。

ビートルズ解散
1970年5月14日



表紙こそキャプテン・ビーフハートだったが、冒頭の記事には「ある男が目の前で言った。"もう辞めてやる"」という見出しが踊った。本号では、ビートルズの突然の解散を特集した。「この2年間、ビートルズに未来はないと感じていた」とレノンは語った。「僕たち全員、ビートルズというバンド、そしてマッカートニー、レノン、ハリスン、スターという幻想に悩まされている。でも僕たちはそれを乗り越えなければならない。我々自身、そして世間も。それは冗談だけれども、僕たちがやってきたことは事実として変えられないが、今の僕たち自身はそれとは違う」とレノンは続けた。そしてバンドは、通称『ホワイト・アルバム』の頃からバンドに亀裂が入っていたという。「全ての曲が“ソロ”作品だった。ビートルズとしての音楽ではなかった」と明かした。記事ではまた、アルバム『レット・イット・ビー』のリリースについても触れている。このアルバムには、『ゲット・バック』というタイトルでリリースされるはずだったアルバム用にレコーディングされた曲も収録されている。それらの曲は、フィル・スペクターがリミックスした。「彼が全てを美しく再プロデュースしてくれた」とレノンは語った。

ローリングストーン誌が選ぶビートルズの曲ベスト20(降順)

Translation by Smokva Tokyo

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