AAA西島隆弘が語るデビュー11年の光と影:「続けられたのは"救い"があったから」

By RollingStone Japan 編集部 2017/月号 P132〜137 |
Photograph by Chito Yoshida(AVGVST)

―そうなんだ(笑)。

僕は自分のエゴを出して支持をもらうよりも、僕を通してエンタテインメントを楽しんで、多くの人に満たされてほしいと思っています。ライヴって、お金を払って観に来てくれる人に対して、こちらはそのお金以上のエンタテインメントを提供する意識である事が大切だと思うんですよね。なぜお客さんたちがお金を払って観に来るかというと、満たされるため。要は、満たされていない人たちが集まってくる。それか、満たされていたとしても、それ以上に満たしたいものがあるから会場に来る。で、僕も満たされたいからステージに上がってエンタテインメントをする。だから、ライヴは満たされない同士の人たちが欲を求め合う場所だと思うんです。だからこそ、僕も満たされていない状態でステージに立ちたい。そういう意味では、自分は欲求不満でもいいし、フラストレーションが溜まっていてもいい。だから、今までの11年間、障害や邪魔してきたものがあってよかったとも思っています。

―うんうん。

よく、女性のインタヴュアーさんから"西島さんの陰な感じ、マイナスな感じは何からくるんですか?"って聞かれるんです。"それは、たぶんいつも仕事に対してのフラストレーションがあるから。それが色気になっていたらとしたらうれしいですね"って応えているんですけど(笑)。そういうことも含めて、11年間で築いたことが結果になってきているんですかね。そういうフラストレーションをどう自分のなかで咀嚼して表現をして、エンタテインメントとしてお客さんを満たすことができるのか。それを今は追求している最中なんです。

―要するに、エンタテインメントとしてお客さんに見せるには、心身ともに自分を削っていかなきゃいけない。それで開いた穴を埋めるためにステージに上がっているし、それがあるからこそステージに上がれるっていうことですよね。

そうですね。

―面白いなと思ったのが、2012年に、唐十郎さんの戯曲を蜷川幸雄さんが演出した舞台『下谷万年町物語』に出演しましたよね。あの舞台は、ある意味、西島さんがいるエンタテインメントとは真逆の世界で、コンテンツとしてはアンダーグラウンドなものだと思うんです。なぜそっち側へいったのかなって、すごく気になっていたんですよ。

僕を唐さんの作品に合っていると判断して、誘ってくれたのは蜷川さんなんです。蜷川さんと初めて会った時は少し話をしただけなんですが、"演技の勉強をもうちょっとしなさい"って言われたんですよ(苦笑)。その後、園 子温さんと会って『愛のむきだし』(2009年)に出たんです。それを蜷川さんが観て"君があそこまで演技が上手い人だと思いませんでした、ごめんなさい"って言ってくれて(笑)。そのタイミングで『下谷万年町物語』の話をいただいたんです。この作品は比喩的な表現が多くて、台詞を覚えている時は何にかかっている言葉なのかわからなくて。立ち稽古の時(藤原)竜也さんと(宮沢)りえさんが"わからないけど動く"みたいな感覚でやっていると言っていたんですが、確かに言葉の強さで勝手に身体が動くんですよ。

―へぇ。

蜷川さんから"その年齢にしては、すごく傷つきながら生きてきたね"って言われたことがあるんです。僕だけの中で大事にしたい大切な人からの大切な言葉なんで、あまり細かくは言いませんが、"傷つけられている状況下で『何でだろう?』と問うような生き方をずっと続けているよね。それが芝居に鋭利に生きている。その意識はないだろうけど芝居では、文ちゃんを演じるんだよ"って言われたんです。『下谷万年町物語』で、僕は唐さんの子供の時の役だったんですよ。でも、唐さんが昔どんな人だったのかなんてご本人に聞けるわけがないし、もちろん戦争があった時代なんて経験していない。だから、あの時は周りの環境と台詞に甘えて芝居をしていた感じのほうが強くて。それが自分の人生経験と繋げて演じているように見えていたのかな。自分ではわからないんですけど。
Interview by Joe Yokomizo, Text by Nanako Kubo(RSJ), Styling by Sachi Miyauchi(Seif), Hair and Make-up by Kohei Nakajima(UNVICOUS)

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