マイケルの娘、パリス・ジャクソンが沈黙を破る:父の死、自殺未遂などを初告白

By BRIAN HIATT
パリスが沈黙を破り、今まで語られることのなかった真実を明かす David LaChapelle for Rolling Stone. Styling by Brett Alan Nelson at TheOnly .Agency. Shirt by Michael Bush, necklace by Stefere, earring by K. Brunini, gloves by Majesty Black, choker by Posers Hollywood. Makeup by Jo Baker

ユタの施設での治療をきっかけに、パリスはまたロウに連絡してみることにした。「パリスには母親的な存在が必要だった」とプリンスは語る(プリンス自身のロウとの関係 ーあるいは関係のなさー についてのコメントを拒否している)。しかし「母親的な存在ならたくさんいるわ」とパリスは祖母や自分の養育を担当したジャクソン家の使用人などを挙げて反論する。「母が私の視野に入ってきた時、それは"ママ"としてではなかった。むしろ、大人どうしの関係だったわ」。パリスは乳がんの化学治療をやり通した母親の中に、自分が受け継いだものを見たという。「彼女も私も、とても頑固者なのよ」(パリスのマネージャーはロウへの取材を取り付けることを拒否し、ロウ本人にも取材を申し込んだが返答がなかった)。

パリスはマイケルがロウのことをどう思っていたかについては確信がない。ただロウのほうはマイケルを「深く愛していた」と語った。そして、マイケルはリサ・マリー・プレスリーを確かに愛していたとも語った。「『ユー・アー・ノット・アローン』のミュージックビデオで彼女を見る父は、完全に彼女に目を奪われていたもの」とパリスは大きく笑いながら語った。パリスが生まれる2年前にマイケルとプレスリーは離婚している。


パリスと、彼女の母親のデビー・ロウ。ロウは乳がんと戦っている(2013年)。パリスはマイケルが死亡するまでロウにあったことがなかった(Blue Wasp/Splash News)

世間が見ている父の姿が、自分が見ているものとは違うことにパリス・ジャクソンが気づいたのは、彼女が9歳くらいのときだった。「夜に父が私のところに来て涙を見せるの」、12月中旬にニューヨークのコーヒーショップで小さなスプーンをその手に持ちながら彼女は語り始める。そして、涙が彼女の目に浮かんできた。「想像してみてよ。両親が、実際にしていないことで世界から憎まれている悲しみで泣いているのよ。私は悲しくて、父にこんなことをする世界を憎み始めたわ。あの父の姿は、私にそうさせるのに十分だった。"どうしてみんなそんなに意地悪なの?"と思って...」と語り、そして言葉を詰まらせた。「すみません、感情的になってしまって」。

パリスとプリンスは、彼らの父親が受けた複数回にわたる子どもへの性的虐待疑惑が、事実無根であることを一切の疑いなく信じている。そして彼らは本当のマイケルを知る人物でもある。もう一度言うが、彼らの主張には非常に説得力がある。もし彼らが世界中の一人ひとりとこのことについて話すことができたなら、世界のマイケルへの見方は変わるはずだ。「寝る前に私たちに『A Light in the Attic』を読んでくれた父を知るのは、父の子どもである私たちだけなの」とパリスは語る。「他の誰も、父親としての彼を知る者はいない。もし仮に人々がその姿を知ったなら、父への見方は完全に、そして永遠に変わるわ」。マイケルが9歳のあなたに言ったことはとても重かっただろう、と私が言葉を選びながら彼女に尋ねると、「彼がひどいことをしたということではないの」と彼女は答えた。「子どもには最善のものを与えようとするでしょう。でも、この醜い世界で生きていく準備もさせなければいけないの」。

2005年、性的虐待をめぐる裁判でマイケルは最終的に無罪となったが、彼の社会的評価は傷つき、それは家庭生活にも影響することとなった。そして彼は、ネバーランドを永遠に去ることを決めた。マイケル一家はその後4年間をかけて世界を旅し、特にアイルランドの田舎町や、バーレーン、ラスヴェガスで長い時間を過ごした。パリスは家が恋しいとは思わなかった。むしろ楽しかった。父がいる場所、そこが家なのだから。
Translation by Yu Sekine

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