マイケルの娘、パリス・ジャクソンが沈黙を破る:父の死、自殺未遂などを初告白

By BRIAN HIATT
パリスが沈黙を破り、今まで語られることのなかった真実を明かす David LaChapelle for Rolling Stone. Styling by Brett Alan Nelson at TheOnly .Agency. Shirt by Michael Bush, necklace by Stefere, earring by K. Brunini, gloves by Majesty Black, choker by Posers Hollywood. Makeup by Jo Baker

マイケルは広い心を持つよう、パリスにいつも言い聞かせていたという。「何事にもオープンな環境で私を育ててくれたの」と彼女は語る。「私が8歳の時、雑誌の表紙の女性がものすごく好きだったの。恋に落ちたという感じで。でもそんなときも、多くの同性愛を嫌う両親のように怒鳴ったりはせず、いたずらっぽく"なに?ガールフレンドができたのかい?"と言ってくれたの」。

「彼が最も重要視していたことは、教育だった。私たちを愛すること以外ではね」とパリスは語る。「しかも父は"父なるコロンバスがこの地にやって来た!"という感じじゃなく、"コロンバスは原住民を虐殺したクソ野郎だった"って感じだったの」。本当にそんな言い方をしたのか?と訊くと、「そういう言葉使いはよくしていたわ。海兵隊ぐらい汚いわよ」。しかしその一方で、彼は"とてもシャイであった"とも彼女は語った。

多くの人が自分の血統について疑っていることもパリスとプリンスはわかっていた(末っ子のブランケットは色黒だったため、それほど疑われることはなかった)。パリスの母親は、マイケルの皮膚科医だった故アーノルド・クラインのもとで働いていた看護婦のデビー・ロウだ。2人の3年にわたる結婚生活はなんとも型破りなものであった。ロウが明かしたように、彼らは同居していなかったのである。またマイケルは、ロウが子どもをマイケルへの"プレゼント"として授かりたいと思っていたと言っていた(パリスの名前は、授かった場所の名前からとったとロウは言っている)。パリスの血のつながる父親だと疑われていた人物は何人かいた。ロウの雇用主であったクラインもそうだし、1968年の映画『オリバー!』でタイトル・ロールを演じたマーク・レスターもそうだった。

小エビとサーモン・ロールを食べながら、パリスは1回しか話さないという条件で、この話題に触れることを許してくれた。彼女は、マイケル・ジャクソンが父親であろうが、あるいはたとえそうでなかろうが、そのことは自分に関係がないことをはっきりと論理的な答えで示すこともできた。実際、"パリスよりも客観的な人間"と自分を形容する兄プリンスはそのようにしている。彼はこう言うのだ。「誰かがそのことについて質問してくるときは、"それで、何なの?"と訊き返す。"わかったところでどうなの?"とね。自分の人生と関わりのない人に対しては特にそう。たとえ彼が父でないとしても、そのことであなたの人生に何か影響が?私の人生には、まったくない」。

パリスは、マイケル・ジャクソンが自分と血のつながった父親だと確信している。彼女はそのことを熱く信じており、その熱は筆者である私の心を動かし、そして説得力を持って迫るものだった。「マイケルは私の父よ」パリスは鋭い目つきで語った。「これからもずっと、私の父親。そうでなかったことは決してないし、そうでなくなることも絶対にない。彼をよく知る人たちは、私が彼から受け継いだものを持っていると言うわ。それは少し怖くもあるけど」。

「私は自分を黒人だと思ってる」。そう彼女は語り、そして「ある時、父は私の目を見て、そして私を指差して"君は黒人なんだ。自分のルーツに誇りを持ちなさい"って言ったの。だから私は"父がそう言うんだもの。父が嘘をつく理由なんてない"と思ってる。私はただ父に言われたことを信じているの。なぜなら私の知る限り、父が私に嘘をついたことなんてないから」。

「私のことを知らない人のほとんどは私が白人だと思うわ。色白だし、金髪にしているから特にそうね。フィンランドとかで生まれたように見えるかも」とパリスは認める。そして彼女は人種ミックスの子どもが自分のような容姿の特徴を持つことは別段珍しいことではないと指摘する。実際、彼女の肌のトーンと目の色は、黒人の父と白人の母を持つテレビ俳優のウェントワース・ミラーのものと極めて似ている。

最初、パリスとロウの間には交流がなかった。「私が本当に小さい時には、私の中に母は存在していなかったの」とパリスは回想する。しばらくして、彼女は"男性は子どもが産めない"ということに気づく。そして彼女が10歳くらいの時、プリンスに「私たちにはお母さんがいるはずだよね?」と訊いたという。そして父親に尋ねてみた。「すると父は"そうさ"という感じで、私が"名前は?"と訊くと、父は"デビー"と答えた。私は"そっか。うん、名前はわかった"って感じだった」。父の死後、彼女はインターネットで母親について調べはじめ、13歳の時に実際に会っている。
Translation by Yu Sekine

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